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10月から貿易自由化時代を迎えた1962年4月に安宅産業に入社。ゲットした商材を「4段階アプローチ」(メーカーの研究所で聞き取り調査 ⇒ 文献調査 ⇒ 本命ではない市場で商談 ⇒ 本命の市場で商談)を独自に開発し、次々と商談を成立させた。しかしながら、商社のあり方に疑問を抱いた。(詳しくは ⇒ 『安宅産業時代』)
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1967年6月に西友ストアーに入社。販売実績を時系列・横断比較できるよう整理した上で、集まった店の責任者達と「なぜか。だからどうしたらよいのか」を徹底的に討議、その結果に基づいて、取扱商品の入れ替えを行い、食品部門の業績を大幅に拡大させた。しかしながら、土俵の狭さを感じた。
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1968年7月にユニオン製靴に入社。靴小売1000店の組織化を行い、販売効率革命を通して、業績を急拡大させ、本社工場移転に伴う多額の保証金入手(東京都から)に結びついた。日本能率協会出版の相良竜介著『企業の頭脳集団』に紹介されもした。(同社は東京浅草橋に本社用の自社ビルを、千葉県鎌ヶ谷市にユニオン通りができるほどの大工場を建設)
同社の経営が順風満帆であった1973年10月に石油ショックが発生し、「これまでの成功は運が良かっただけ。もっと科学的に問題を解決できる能力を培わなければならない」という危機意識に近い感情を抱くに至った。
| マジカルパワーを持つ会議などの手法を開発して次々と驚異的な成果を挙げた |
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1974年1月三菱総合研究所に入社。受託調査研究の分野は多岐に渡り、産業界をほぼ総なめ。1980年に受託した『真空機器業界のビジョン』を通じて、業界全体の業績を急拡大させ、「経営コンサルタントとして成功できるのではないか…」と思うようになった。
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このビジョン開発のための作業で興味深いことを発見。真空機器業界の経営者達と工技院の極限技術部長を交えて私主導のQ&Aを行い、「構造化された解決すべき問題の打開策」(図解)を説明。「経営者達は私もなんとなくそう思っていた」等と言い出したのだ。
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私はにんまりして「創造的問題解決のためにはこういうやり方が必要なのだな。いいキャリアを積んできてよかった」と心から思った。なぜなら、商社・小売・メーカーでのビジネス経験がある。その上に、多様な受託調査研究経験があるので、業種・業態を問わず、ビジネスの構図を一瞬でイメージできるようになっていたからだ。
このプロジェクトの推進方法とアウトプット(印刷物) ⇒ 『真空機器業界のビジョン』
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1981年に研究開発型企業育成センターの仕事で数多くの社長と面談、「開発目標を適切に設定できるかどうかが企業経営の成否を決するポイントである」と痛感。また、貿易問題が深刻化してきたので、「企業はこぞって新規事業の開発に乗り出すであろう」と推定。掴み取っていた自信もあって「渡辺理論を確立したい」という長年の夢実現のためにマルチクライアント・プロジェクト『新規事業開発の手引き』を思いついた。
三菱総研はこの分野での実績は皆無。しかも、時間的余裕がなかった。そこで、私の二つの作品(「経営戦略の見本」と専門家筋から絶賛された『豊田市地域商業近代化ビジョン』並びに新聞連載の自分で作った「経営のヒント」)をイメージ刷新ツールに用いる。と同時に、周囲を唖然とさせる市場開発効率化革命を行った。
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顧客企業候補に何度となく文章で中間報告を行った上で、企画書を郵送し、頃合を見て郵送先に電話。多くの方々がペンフレンドのように「待ってました」とばかりの応答。この市場開発方式は大成功し、通信販売のみで52社から6200万円を集めることができた。(関連記事
⇒ 『市場開発効率化のために採用した方法』)
したがって、1982年から1983年にかけて約1年間このプロジェクトに専念でき、念願の新規事業・新製品(サービス)の開発を成功に導くための理論を習得できた。かくして、私はユニークきわまりない経営コンサルタントとして正式に登場することとなった。
ノウハウ開発・顧客開発・過酷な売り上げノルマのクリア―を同時に独りでやってのける快挙に結びついたマルチクライアント・プロジェクト『新規事業開発の手引き』は後年の主張『縦横無尽の動きができるヘリコプターのような働き方が必要になった』の源になった。
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問題解決策を提起できそうでできない状態に追いこまれる。「分った」と自らの膝を叩く。完成された問題解決策(ビジョン)がすーっと頭に入るので、競馬馬のようにスタート・ダッシュする。企業人をこのように誘導する手法を用いて、様々な企業の業績を急拡大させた。
5年間で売上が5倍弱に躍進したために社長から「次々とヒット商品が生まれるようになったので、驚いているのですよ」と感謝された企業で採用した作業手順は下記の通りでした。
開発部門の全員から各人が手がけた商品開発の歴史(動機・成否・成否の原因)を未整理を厭わず提出させる ⇒ 商品開発を成功に導くためのディスカッション・ドラフトを私が作成・提起する
⇒ このディスカッション・ドラフトに基づいた議論を関係者が全員参加して徹底的に行い、その結果を録音する ⇒ 録音内容を私が総合的に考察してその企業の商品開発成功方程式(理論モデル)を開発・提起する。 |
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私の組織全体に活力を注入する手法は魔術のようだったようで、堂々たる一部上場企業に発展した企業の社長から料亭に招待され、「社員が信じられないほどやる気満々となってしまった。一体どういう手を使ったのですか?」と言われもした。私が自分で自分に注入したイノベーションのロジックがこの企業の役員・社員に乗り移ったことに秘訣があった。(信念の威力を示す別の例 ⇒ 『末期肺癌の妻を救い出すために破滅寸前に追い込まれた男の話』)
顧客企業の社長から「信じられないほどコンセンサスの形成が早くなって感謝しています」と言われたこともある。こういうことを可能にしたのは、「異なった立場で仕事をし続ける ⇒ 異なった固定観念が醸成される ⇒ 違いの背景を洞察できなくなる」という実態に気づき、次の知的作業を行ったからだ。
多様な異論は固定観念に染まっているとしてもジグソーパズル思考のための貴重な資源である。こういう考え方に立ち、関係者の固定観念を打破しつつジグソーパズル思考を行うことを可能にするプロフェショナルQ&Aを心がけた。 ── こういう経験があるからこそ下記の図式実現を可能にする 『今必要なのは偉大な素人です』にあるようなことを提唱・実践している。
新しいものの見方ができるようになる ⇒ 脳細胞の再編成が進む(偏狭な思考枠が取り払われる) ⇒ 潜在していた意識が明確になる。のみならず、知恵を生み出すことができるようになる
⇒ 世の中を支配する新しいロジックに適応できるようになる。と同時に多くの日本人が陥りつつある老害の仕組みから脱却できる。(組織的対策 ⇒ 『ビジネス・クリニック / 衆知を生かして複雑問題を解決するための秘策』)
上記した「競馬馬&組織全体に活力注入の効果」が生み出された背景には、次の図式が示すような工夫があるのです。
動機づけが適切に行われた ⇒ 脳にスイッチが入った ⇒ 脳のリミッターが解除できた ⇒ 潜在能力が全面的な開花に向かった。(殆どの人は潜在能力の98%が未利用なままになっている。こういう通説があることを忘れてはなりません)
この図式の実現は抱えた複雑問題の創造的解決に結びつく学習の能力を飛躍的に向上させることも忘れてはなりません。(具体例 ⇒ 『創造的問題解決策々定のための調査・構想の達人になる秘訣』)
脳のリミッターを解除して潜在能力を顕在化させる。この実現の鍵となる適切な動機づけはどうしたら実現できるのでしょうか? どんな障害でも乗り越えようとするエネルギーを生み出し、かつ臨機応変力の抜本的強化を可能にする、適切な方向で“好きこそものの上手なれ”の世界に入ることです。(具体策 ⇒ 『個性的才能を引き出す性格診断』)
適切な方向で“好きこそものの上手なれ”の世界に入っている人生になっていれば、潜在能力の顕在化は完全になるのでしょうか? 事に臨む前の不安や迷いという最後の壁が立ちはだかる場合が少なくありません。こういう場合はシミュレーション・サービスを受けることをお勧めします。なお、このサービスはワタナベ式問題解決へのアプローチの中に組み入れることも可能です。
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創造力の光で発想し、インスピレーションをロジックに照らして検証する。洞察した結果を論理の連鎖にまとめる。 ── 私が常日頃大事にする、この知的作業の心得にも自信を持つことができた。なぜなら、私の常套手段である、Aゼロの模造紙に図解した提案書を説明し終わった直後に、上記の「信じられないほどコンセンサスの形成が早くなって感謝しています」と発言した社長等などから
「先生は短期間でありながら私よりも遥かに私の会社のことをよく知ってしまっている」「よくぞこんなに理論的にまとめられるものですねぇ。神業としか言いようがありません」と言われたりしたからです。
上記一連の説明にあるような形でコンサルタントとして成功しても、私は心から満足することはできなかった。「何か足りない」と本能的に感じた。そこで、私独自の方法論を違った角度から検証するために、1987年9月にODSに移った。しかしながら、ギブのみでテイクできなかった。 |
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私は1988年10月に組織を離脱して、一人で難問を引き受けた。社長が病気不在中に専務が実権を掌握し、経営が停滞してしまった。そこで、社歴の浅い若き御曹司に実権を円滑に移行させて、社内の空気を一新させる。そのために、プロジェクト・チームを発足させ、件(くだん)の御曹司が実行委員長に就任。各経営機能を代表する中堅幹部が実行委員に就任。各職場の全社員が各実行委員をリーダーとする分科会メンバーに就任。
こういうやり方で全社レベルのQ&Aを行い、その結果を私がまとめ続ける。そして、中間報告書を全役員に随時提出。件の御曹司は企業の未来進行形の実態を一気に掌握。同時に、件の専務は自らの力の限界を認識。かくして、私はこの全員参加型の新創業プロジェクトで約束通りの成果を上げることに成功。
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私は任務を完了しても、戻るところがない。そこで、私は実権を掌握した件の御曹司に「世界はどうなるか。だからどうすべきか。どうしたら自在に人を動かせるようになるか。この回答を出す研究プロジェクトを私に発注してください。納期は3年後の1994年3月末です」と申し出たところ、快諾を得て、研究専念生活に入った。1991年4月のことでした。 (この段階では延々と続く穴倉生活の開始になる…ことを予想していませんでした)
私が孤立した研究専念生活を決断したのは、やっとの思いで培った、長年の夢であった知的能力の枠組みを飛躍的に拡大させる必要性を感じたからです。(補足説明 ⇒『私が研究プロジェクトに単独で専念することを決断した理由』)
前々年の1989年に東西冷戦構造が終結、前年の1990年にバブル崩壊の兆しがあったため、「世界情勢の洞察・事業戦略策定・いわゆる交渉の三つを一体化できる能力を持たなければならない。さもなくば、戦略家として成功し続けることができない」という強い思い込みを抱いたのです。
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この受託研究の結果、私は「英米による世界支配、わが国ジャーナリズムの国際感覚の大幅不足、わが国社会科学の質的レベルの低さ」の三つを認識するに至り、「英米の専門誌を自由自在に読みこなせるようにならなければ…」と痛感。また、研究の中間報告で予測した通り、1994年に「55年体制」が終結し、脱集団主義の時代到来を予感。
「社会的な孤立を続けることを恐れるよりも、究極のコンサルタントになることの方を優先させなければ…」と思うに至った。そこで、1994年3月末に約束を完結した私は英米の専門誌を読みつつ、受託研究の成果を更に深めるための研究専念生活を自費で継続することとなった。所期の目的を達した私は1996年晩秋に再出発を決意。
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1997年1月に出版した『脱集団主義の時代』(市井社)が日経ビジネス等のマスコミ誌に紹介されたり、三菱商事の月刊誌『「インフォーダイヤ』の巻頭言や伊藤忠商事(西日本ビジネス交流センター)発行の機関紙『ビークロス』の特集号への論文掲載に結びつき、再出発は順調に進むかに思われた。ところが、妻が肺癌に冒されたので、彼女の看病が私の仕事になってしまった。(1997年に山一証券が破綻)
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医師から見放された闘病は一時功を奏したかに思われたが、1997年11月2日に彼女は他界。共闘は壮絶を極めたが、私は人間関係の極意を経験し、「大変なことを成し遂げようと思ったら、自分の心を目標に向けて動かしきる。その上で、関係者の心を動かしきらなければならない」ということを強く再認識した。
(私は必死になって勉強し、「癌は必ず克服できる」と思い込むことができ、それを彼女に心をこめて伝え続けたのです。 詳しくは ⇒ 『サバイバルの秘訣』)
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心身がやや回復した私は2000年5月の連休明けに再出発のための慣らし運転を開始。その途端に、二つの組織が相次いで私の手法を説明することを要求。これが「現場での成功体験、長年の研究専念生活の成果、亡き妻との共闘で得た教訓」の三つを徐々に統合させ、「ワタナベ式問題解決へのアプローチ」に結びついた。
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緊急執筆の要請に応えた『勝ち組メーカーに学ぶサービス事業戦略』(PHP研究所、2002年1月発売)を脱稿した2001年10月31日の段階では心身共に完全回復。いよいよ「本物のみが躍進できる時代到来 ⇒ ビジネス・パーソンのパワーアップ
⇒ 企業の躍進 ⇒ 日本経済の再生」というシナリオ実現に向けてエンジンを全開させることになった。(世界経済が再び拡大路線に乗ることを可能にする新秩序形成に結びつく、米国同時多発アタック事件が2001年9月11日に勃発) |
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2002年6月30日、厚生労働省が個人による起業・新分野開拓を支援するための創業サポートセンターを設立、1年が経過。そして、創業を真剣に目指す方のための交流会「フューチャードリームネット」の発足決定。
そこで、設立・発足記念講演会が2003年7月5日に催されることになった。そして、この講師役として渡辺高哉に白羽の矢が立ち、要請を喜んで受諾した。演題は「どうしたら羽ばたけるようになるか?」(内容 ⇒ 「レジュメ等」)
このようなことをここに敢えて記述する理由は二つある。
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日本の社会構造が大きく転換しつつある象徴的な出来事である。
上記の講師役は同センターの既存人脈の中から選定されたのでしょうか? 「否」です。人事院から要請があった時と同じパターンでインターネット駆使の結果なのです。
この選定の仕方は何を意味するのでしょうか? 癒着体質のネットワーク・キャピタリズムの権化のようであった日本の社会がオープンマーケット・キャピタリズに大きく転換しつつある。したがって、市場性のある特徴並びに臨機応変の人脈形成の意欲さえあれば、新参者であっても自由闊達に躍進できる。こういう時代がやって来つつあることを意味しています。
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日本の政府が本質に迫った経済再生に取り組み始めたことを示す出来事である。
日本経済はどうして没落路線から抜け出せないのでしょうか? 心の底から湧き上がってくるやる気が日本人に大幅に不足しているからなのです。にもかかわらず、次々と打ち出される国の政策は社会全体を機械装置のように扱うものばかりでした。
そして、こういうことが「The Economistの図表が示しているように起業率は向上することなく世界最低水準を続けている ⇒ 雇用不安は一向に改まらない」という日本経済の実態に結びついているのです。
1円で株式会社を設立できる制度が発足しました。ところが、この制度発足の2003年2月1日から6月6日の間で僅か3,099件の申し込みしかなく、経済産業省の数値目標の3分の1以下となっているのです。
こうしたところに、わが国のビジネス・パーソンの意欲を内面から引き出し、能力開発を支援する。そして、その一環として交流会「フューチャードリームネット」の発足が決定されたのです。
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| ― 頼りがいのある自分になるか、パニックになるか…の選択の時期が間もなくやってきます ― |
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日本は社会の安定装置(日本モデル)が崩壊したままの状態に置かれる時代になった。伝統的な共同体の崩壊が進んでいた。こうしたところに、戦後ほぼ一貫して政権を独占してきた自由民主党が07年7月29日の第21回参議院議員通常選挙で歴史的な大敗北を喫し、野党が過半数を占めることとなったからだ。
日本がこのような状態に置かれるようになった時に、インターネットで公開されている日本語のブログは08年1月末で37%を占め、世界一となったことをどう理解すべきか? 次の図式の脈絡の中で捉える必要があろう。
(日本的集団主義の影響を強く受けている ⇒ その場しのぎや漂うような生き方が身についている ⇒ 理念ではなく感情で動きやすい ⇒ ばらばらになり易い) + 国民を辛うじて束ねてきた社会の安定装置が崩壊した + その場しのぎや漂うような生き方をしてきたために自立と自律力が欠如している ⇒ 漂流状態でインターネットに活路を求めることとなった。
漂流状態でインターネットに活路を求めることとなったことと次の現象は同根であると理解すべきであろう。
日本の男性の喫煙率は06年のデータで約40%でアメリカ(24%)、スウェーデン(16.7%)。パチンコのような安易なギャンブルが津々浦々に普及。エイズに罹っている人が増えている先進国は日本だけ。日本人は平均して他の先進国の人よりも2倍長くテレビを見る。その反面、読書時間は半分以下。
様変わりした環境に積極的に適応しようとしない。その場しのぎ的なやり方でストレスを解消しようとしている。このような様子がまざまざと浮かび上がってくる。それでも大過なく過ごすことができれば良いのだが、そうはいかなくなってしまった。
心筋梗塞が15年で倍(080706付け『毎日新聞』)。10万人当たり25.9人という先進国の中で突出した自殺率(080620付け『毎日新聞』)。080608に発生した秋葉原17人殺傷事件…等、犯罪の逆流も始まった。
漂流状態にあるのは一般の国民だけではない。権威筋の真相究明は二つの例が示すように表層を撫でるのみとなっている。
(例1) 裁判員制度が後1年余りで発足することを踏まえ、「渋谷・妹殺害 懲役7年」という判決に対して、「法曹三者と鑑定医は被告の精神状態を裁判員に正しく伝える方法をさらに検討する必要がある」とマスコミから苦言を呈される始末。
(例2) 08年7月22日に厚生労働省から公表された08年版「労働経済学」(労働白書)は次の事実を踏まえ、「企業が仕事への意欲を高める目的で導入した成果主義賃金制度が必ずしも成功していない。賃金制度の運用改善に心がける必要がある」と提言。その上、「正社員になれない就業者の不安や不満が高まっている。非正規雇用はコスト削減には有効でも、職業能力を高めず労働生産性向上にマイナス」と断じた。
「雇用の安定」について「満足」と答えた人の割合が78年の33%から05年には14.8%に、「仕事のやりがい」は30.5%から16.6%に、「収入の増加」は23.7%から6.2%にそれぞれ減った。そして、正社員の仕事がなく、パート以外の非正規社員で働いている人の割合は01年の38%から06年には44%に上昇した。
賃金制度の運用改善や雇用制度の見直しをすることで仕事の満足度や労働生産性を高めることができるであろうか? そうならない可能性の方が大であろう。なぜなら、上記「調査結果」の背景には表層を撫でるのみのアンケート調査では掴めない、次の図式が潜んでいると考えられるからだ。(似たような別の例
⇒ 『世間知らずが若者から夢と希望を奪っている』)
(日本的集団主義にどっぷり浸かってきた ⇒ 自立と自律力の強化が進みようがなかった) + (先行きがどんどん不透明になる時代になった ⇒ 自立と自律力の必要性が急拡大した) ⇒ 不安に怯えることとなった ⇒ 崩壊しつつある日本モデルの復活を願望する気持ちが生まれるようになった ⇒ 成果主義賃金制度や非正規雇用を認める制度に対する強い反発心が生まれた。
賃金制度の運用改善や雇用制度の見直しをいじりまわすのではなく、国民の自立と自律力強化を急がなければならないのだ。・・・・・法曹界と鑑定医、厚生労働省…の権威筋の体たらくをどのように解釈すべきか?
世の中が様変わりしたり、問題がこれまでになく複雑化してくるとこれまで通用してきた理論的枠組が陳腐化してしまう。ところが、実績主義に凝り固まりがちな権威筋は変革期に必要不可欠な斬新な着眼力が日本のエリートに育ちにくい図式にはまりこみがちとなってしまう。深刻なのは権威筋の体たらくは法曹界と鑑定医、厚生労働省に限ったことではないことだ。(具体例 ⇒ 『有名だが視野狭小の医師達に振り回された少女の悲劇現象並びにリンク先』)
旧経済企画庁が「日本経済がバブル化した原因を全力投入して解明する」と息巻いていたことも同じことなのです。個人がそれなりの時間を使うことによって解明できたのです。(関連記事
⇒ 『バブルが発生した本当の理由』)
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多発する犯罪、新種のうつ病、「あの人が」と吃驚するような人格障害的な行動…のいずれも次の図式に根本的原因はあると私共は考えています。
| 多くの日本人が閉塞状態の深刻化(台無しの人生寸前)に陥っている仕組み |
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(先行きがどんどん不透明になっている + 互助を可能にしてきた共同体が崩壊しつつある + 個が埋没する時代が長く続いたので、個性を本当に受け止め理解できる人が殆どいない ⇒ 臨機応変力の必要性がかつてなかったほど高くなっている)
+ (日本的集団主義の影響を強く受けて生きてきた ⇒ 降りかかってきた難問を受け止めて創造的に解決しようとしないその場しのぎの人生を送ってきている ⇒ やる気に基づく博覧強記の人生になっていない
⇒ 鋭い勘の源である「脳細胞間のネットワーキング力」が鍛えられようがない) + 世の中の複雑化が進む一方である ⇒ 複雑な世の中の実態を見抜けない ⇒ 臨機応変力の欠如が露呈されるので不安になる
⇒ (ストレスが溜まり続ける ⇒ 性格の健康状態の悪化が進む ⇒ 臨機応変力の敵である「現実直視力の弱体化」が進む) or 不安から逃れるために現実逃避したり、根拠なき楽観主義に陥ったり、事態を自分に都合がいいように解釈したりして自分の殻に閉じこもる
⇒ 『老害発生の仕組み』から抜け出すことが不可能になる ⇒ ピンチに陥ったり、チャンスを逸することが多発し、溜まり続けたストレスが限界を超える ⇒ ガン・動脈硬化・うつ病を引き起こす or 大きな精神的ショックとなるできごとが引き金となって性格発衝動強迫に支配される行動を思わず採ることに結びつく。
このように考えると、日本人の過半数は秋葉原殺傷事件を引き起こす因子を抱え込んでいるのではないでしょうか。(関連記事 ⇒ 『実例が物語る性格と歴史的立場無知の悲劇集』)
夢を叶えたければ、「気持ちを常に前向きにする ⇒ 問題意識が旺盛になる ⇒ 必要な情報の方から飛びこんでくる ⇒ 夢の内容を具体化できる ⇒
タイムリーな行動が採れる」という図式の実現が必要です。(関連記事 ⇒ 「マルチクライアント・プロジェクト『新規事業開発の手引き』」)ところが、厭世的になると、
気持ちが後ろ向きになる ⇒ 問題意識が希薄になる ⇒ チャンスに結びつく情報は素通りしてしまう──、という図式に陥ってしまいます。「夢は叶わないのでは」と思うことが夢を叶わなくし、閉塞状態の深刻化に結びついてしまうのです。(打開策
⇒ トップページ) |
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上記のような認識をするのではなく、精神医学の伝統的な理論的枠組みに基づいて凶行に走った被告の精神状態を判断することは、安易に胃薬を与えて病状を悪化させるのに似たことになってしまうでしょう。
全く別のタイプの胃もたれが増えています。新しいタイプの胃もたれは、ある臓器が自分を守るために「胃の不快感」という偽のシグナルを出して、食べ物がそれ以上入ってこないようにするものであって、これを知らないと治そうと飲んだ胃薬が逆効果になることもあるのだそうです。
一方、経済界には2種類の現象が目立つようになってきた。職業生活のあり方が次の図式が示すように大きく変わってきた。これがひとつ。
市場が成熟した ⇒ quite newnessを出しにくくなった + 製品・サービス間の代替関係が広がった ⇒ 製品・サービスの際限のないハイエンド化が必要になった ⇒ 引退後の方が脳力・能力が上になった数学者のように“好きこそものの上手なれ”の世界に入ることが必要になった。
インサイダーではなくアウトサイダーの力を借りることの必要不可欠性が増しているように思える。にもかかわらず、次の図式にはまりがちとなっている。これがもうひとつ
(提起するコンセプトがどうしても後追いになってしまう ⇒ すぐ役に立たなくなる) + (あちらを立てればこちらが立たず。こちらを立てればあちらが立たず…という事態が増えた
⇒ 習慣の壁が立ちはだかる度合いが強くなった) + (日本モデルの崩壊に伴い、人々の個性が噴出しやすい時代になった ⇒ 一人一人の“小宇宙”を理解した対策が必要になってきた) ⇒ 従来型のコンサルティングやカウンセリングに対する信頼度が低下してきた。
コンサルティングやカウンセリングは教えたり、説得したりするのではなく、シミュレーション・サービスの説明にあるような脳の状態を創ることが求められるようになったのです。
日本人の多くがマイナス思考に凝り固まりがちとなっている。その上、“好きこそものの上手なれ”の世界に入ることが必要になり、しかも、コンサルティングやカウンセリングに対する信頼度が低下してきた。──
このような地殻変動的な環境変化を適切に乗り越えたい。このように願う方々のために、新サービス「個性的才能を引き出す性格診断」を08年10月にオープンする運びとなりました。
日本の窮状並びにサラ金経済化している日本の実態を考えると、このサービス提供の時期を急ぐべきでした。しかしながら、このサービスの持つ使命の重要性を考えて準備に時間をかけました。そして、専用のページを開設し08年10月のオープンを告知することになった次第です。
日本経済は現状路線を歩む限り、既に陥っている閉塞状態は更に悪化することでしょう。この根本的な打開策にもなるのが新サービスです。(詳しくは ⇒ 『日本人の限界を乗り越えて新しいサービス需要をゲットするための秘策』)
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