|
合理よりも人間関係の方を遥かに優先させる日本的集団主義はなぜ育まれたのか? |
|
狭い上に平地部分が限られている日本の米作りの方式は、機械化された粗放農業ではなく労働集約的な精密農業が採用されました。したがって、日本の米作りには農繁期と農閑期があります。農繁期は猫の手をも借りたいほどです。
この農繁期の作業を小さな農家が自力のみで行うと所要日数が増えすぎてタイミングの悪いものになってしまいます。生産性を上げるためには、全近隣農家が共同化・協業化・専門化の考え方に立ってスケール・メリットを追求することが必要になります。米作りは小さな農家が一軒だけぽつんと存在しているよりも多数の農家が集落を形成した方が便利なのです。
多数の農家が集落を形成することは良いことばかりではありません。いわゆる「水問題」が登場します。特定の水源を多数の農家が共同で使わなければならないので、利己主義で固まった一軒の農家は他の農家全体に大きな迷惑をかけてしまうのです。
上記したようなことを踏まえて農業経営を円滑に行うためには日頃の良好な人間関係が何よりも大事です。
何かあっても事を決して荒立てないナアナア主義が醸成され、合理よりも人間関係の方を遥かに優先させる村落共同体の概念が確立されました。かくして確立された日本的集団主義の基礎は規格型工業製品の大量生産・大量販売時代を迎え、「過去の延長線上を歩むことでずーっと事足りた
⇒ 習慣のロックがかかってしまった」ということで磐石なものになりました。その結果、
多くの日本人が様変わりした環境に適応できず破滅の道を歩むことになる、二つの図式を生み出すことに結びついています。
|
|
図式1: |
ナアナア主義が根づいた ⇒ 問題の先送り・ごまかし・小手先的な対策…等からなる日本の伝統的慣行やその場しのぎ、いいかえれば横並び志向が根づいた
⇒ 思考力が低下した ⇒ 世の中を幅広く学習することが軽視された ⇒ 環境の様変わりは大局観のないとんちんかんな行動を露呈することとなった。
|
|
|
図式2: |
日本モデルが採用された ⇒ ウチとソトを明確にする生き方が根づいた ⇒ その場しのぎの習慣が根づいた ⇒ 人脈が固定化された ⇒ 環境の様変わりが固定化された人脈を陳腐化させた
⇒ 人脈がジリ貧となっても環境適応のための社会横断的な人的交流ができない状態のままになることとなった。(悪影響の典型的な例 ⇒ 『デフレ経済の本当の理由』) |
日本的集団主義は内向きの姿勢で人間関係だけのことだけを考えていればよい時代には大きな効果を発揮してきました。しかしながら、時代が変わると臨機応変の行動を妨げる足枷になってしまいます。
日本が勝ち目のない戦争によろめくように突入し、しかも大惨禍を招く前に戦争を終結できなかった。日本の社会が現在の混迷をに至っている。 ── この二つが足枷現象の典型的な例です。
| 別な角度からの広範な説明 |
| ▼ |
| 渡辺高哉著『脱集団主義の時代』 (1997.1.7 市井社) |
|
|
|
|