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私事で恐縮ですが、私は転職を重ねることによって脳力革命に成功しました。その様子は次の通りです。
私は始めての就職先である商社で次のような経験をしました。私の上司である課長は丸一日を費やした課内会議の後、「この録音テープを業績拡大できるようまとめることのできる天才っていないかなぁ」とつぶやいたのです。そして、このつぶやきは実ることがありませんでした。丸一日を費やした会議は親睦会の域を超えることができなかったのです。
私も無力でした。私は「そんなことができる人なんてこの世の中にいるはずがない」と思っていましたので、課長のつぶやきを聞いて挑戦する気にもなれなかったのです。この程度の能力の持ち主である私の転職人生が始まったのはそれから間もなくのことでした。
商社マンのビジネスセンスを武器にチェーン・ストアーへ、チェーン・オペレーションのノウハウを加えたものを武器にメーカーへ (メーカー主宰のボランタリー・チェーン形成を成功させてから社長の補佐役に就任)
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ビジネス・経営センスを武器にシンクタンクへ (産業界ほぼ総なめの受託調査研究を経験した結果、業種・業態を問わずビジネスの構図を一瞬でイメージし、それをQ&Aで一気に詰める能力開発に成功
/ 孫悟空(超社員)的な離れ業を演じて商社マン時代に夢見ていた念願の理論武装に結びつくプロジェクトに成功 )、
シンクタンクで培った能力を武器に開発力抜本的強化を主目的とした、業種・業態を問わない経営コンサルタントへ。
新創業プロジェクトを成功させた企業から異例中の異例のプロジェクトを受注しました。「世界はどうなるか。だからどうすべきか。どうしたら自由自在に人を動かすことができるようになるか」に回答を出すための研究に丸三年間没頭できたのです。(詳しくは
⇒ 『私が研究プロジェクトに単独で専念することを決断した理由』)
性格と個人プレイ中心型の仕事内容が重なったことが原因して私の仕事のスタイルはほぼ一貫して“用心深い一匹狼”でした。したがって、記憶を総動員して問題解決策を考え抜くので、「あなたはコンサルタントではなく研究者だ」と皮肉を言われるほどでした。
産業界横断的な多彩な経験 × ゼロベース発想で詰めぬく仕事ぶり × マンネリとは無縁の人生が生み出したモーツアルト効果 = 膨大な脳内シソーラス機能 ⇒ あらゆる場面の適切なシミュレーション・サービス提供OK──、という能力を培うことができるようになりました。これが「抜群の勘の持ち主」と言われる私の評価に結びついたのです。
この能力は長年に亘って様々な歌を覚え歌い続けた人物は新曲をさっと習得できるのと似ていると言えるでしょう。
このような職歴と能力開発を経た結果、脱線の青春時代を送ってきた私に奇蹟が起きました。商社マン時代に「そんなことができる人なんているはずがない」と思っていたことが私の得意技として定着しています。
独創性に満ちた適切な業績拡大策を録音テープから捻り出す。のみならず、参加者をやる気j満々にさせる会議運営もできるようになっているのです。業種・業態をほぼ問いません。(具体例
⇒ 『真空機器振興ビジョン』) その結果、私の特技である下記の図式がしっかり根付きました。
プロフッェッショナルQ&Aを行う ⇒ ジグソーパズル思考力を武器に複雑問題の創造的解決策を一瞬にイメージして詰め抜き、顧客の潜在能力を引き出す。
この特技は自負に留まらず客観的に高く評価されました。全員参加型の新創業プロジェクトの実行委員長役を務めた御曹司から「父から勧められていたハーバード・ビジネス・スクール留学をしなくて良かった。この留学では不可能な教育効果が得られた」と感謝されたほどだったのです。
しかしながら、上記したような脳力・能力だけでは不十分と思うようになりました。日本モデルの崩壊に伴い、人々の個性が噴出しやすい時代になったからです。そこで、個の開放時代を予期して1991年4月から行ってきた人間研究をパートナー節子の協力をも得て新サービス「個性的才能を引き出す性格診断」に収束させました。
かくして、「知的アクロバットに関する限り世界一」を自負できるようになりました。(適切な知的アクロバットが生み出す成果のイメージ ⇒ 異質のチャンス入手を確実にするのは創造的問題解決力である / 廃業に追い込まれた小型書店の起死回生策から考える)
脳力革命を成功させた背景にある連続的な変身をどうして成し遂げることができたのでしょうか? 主な理由は三つあります。
| 理由1 |
具体例が示すように新分野開拓で一番大切なタイミングが良かった |
特異極まりない生い立ちがチャンスを逸早く捉えることを可能にする鋭敏さを育んでくれた。このことが効果を発揮して「チェーン・ストアーが黎明期であった ⇒ 人材の質的な不足があった
⇒ 商社マン生活で得たささやかなビジネスセンスを武器にすることができた」という図式が示すような就職・転職・研究受託を可能にした。(参考資料 ⇒
『変身的な成長を遂げるための三つの方法』)
| 理由2 |
不可欠な経験則が通用しにくい場面を乗り切る胆力と知恵力が永続的進化を可能にした |
特異極まりない生い立ちは上記「理由1」にあるようなことだけではなく、次の図式にも結びつきました。
内発的動機に基づく自己決定を行う人生をごく当たり前にした ⇒ 度胸と創意工夫力だけが頼りの新しい仕事に挑戦し続けた ⇒ 好きこそもものの上手なれの世界に入ることが生み出す効果が高まり続けた ⇒ 『脳力のピークは80歳代だ!』に確信を持つようになり、新しい挑戦目標を設定し続けるようになった。
| 理由3 |
優れた人物との出会いが自信を持つことに結びついた |
私を良く知る人が「あなたの能力の判定ほど難しいものはない。キーパーソンが2時間話し合って初めて分かる」と言うほど私の能力は分かりにくい。したがって、斬新な着眼が生み出す画期的対策(例)のような主張を理解させるのに苦労が絶えませんでした。にもかかわらず、自信を持って行動できたのは、30歳を過ぎたばかりの時、日本一の頭脳の持ち主から極めて高い評価を頂いたことがあったからです。
上記の理由1・2・3を読み、「自分はそんな人生を送ってこなかった。だから諦めるしかない」と思い込んでしまうとしたら、大間違いです。誰でも努力を惜しみさえしなければ、タイムリーな行動力、胆力と知恵力を身につけることができるようになります。具体策は次の通りです。
短期的対策としては経験則が通用しにくい難問を抱える度にワタナベ式問題解決へのアプローチを適用する。長期的対策としては個性的才能を引き出す性格診断を受けることを前提に未来進行形の自己物語を創造する。 ── この二つの対策に共通しているのは当事者を達人にする共同作業があることです。
最後に中高年者に勇気を与える具体例を述べます。私の父は多額の負債を招いた脱サラ物販事業家から公認会計士への転進者です。「試験を受けよう」と決意をしたのが40半ばでした。彼には更に試練がありました。59歳の時に失明。これを克服した後、なんと60歳で監査法人を起こし、5大監査法人への道を走り抜けました。
自分を変えるには若さが必要です。でも、この若さは「実際の年令」ではなく、「心の年令」です。ここに、次の図式の実現に結びつく個性的才能を引き出す性格診断の意義があるのです。
適切な方向で“好きこそものの上手なれ”の世界に入る ⇒ 大変なことを楽しくやり続けることができる(ストレスを溜めることなく努力を継続できる)
⇒ 加齢に応じて脳力を強化できる ⇒ 自尊心を満足させる形で生涯現役の人生を送ることができる。
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