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魔の逸脱世界に引き込まれ、蟻地獄に嵌ってしまった林郁夫の一連の行動を参考にして危険信号キャッチのためのチェックリストを例示してみましょう。
患者に大量の水を飲ます。鼻から糸を通す。ぴょんぴょん跳ねさせる…という奇行を院長に咎められ、国立病院を退職してオウム真理教に入信したことを指します。
行き詰まりを打開するためには独創的な問題解決策を考え出すことは大切です。しかしながら、優秀な人間であっても、次の図式の餌食になる場合が多いことを指します。 特定分野で真面目に仕事をし続ける ⇒ 視野が狭くなる ⇒ 単独思考をする ⇒ 自家中毒的な対策を講じる。(参考資料 ⇒ 『加齢と共に脳力が確実に劣化していく仕組み / 老害が発生する仕組み』) 大事を成し遂げるためには、“火事場の馬鹿力”を生み出す無我夢中さが必要です。但し、「思考の三原則」 (全体を見る/長い目で見る/根本的に考える) を適用できる第三者のチェックを受けなければなりません。なぜなら、追い込まれた気持ちでの単独思考は致命的な盲点を伴った“火事場の馬鹿力”を生み出してしまうからです。
林郁夫が全財産の8,000万円を寄進して、オウム真理教に家族全員で入信したことを指します。
下記の図式が大事を成し遂げることに結びつきやすいことは理解できます。 退路を断つ ⇒ 全身全霊で事に当たる ⇒ 玉際に強い行動が可能になる。 但し、退路を文字通り断ってしまいますと、「失敗 = 再起不能」となってしまいます。“先がない”のであれば、これでもいいかもしれません。しかしながら、“先がある”のであれば、転んでもただでは起きないような工夫が必要です。例えば、次の図式のように…。 新規事業A開発のために販路Bを開拓した ⇒ 新規事業Aは失敗したが、販路Bがあったために新規事業Cを開発し、軌道に乗せることができた。 (新規事業A開発のために行った販路Bの開拓は成長性と波及性の高い投資だったのです) ところが、このような図式が実現しないことがほとんどです。過去の延長線上を歩んだり突っ走ったりすることで大事に至らなかった経験を積むことが災いするのです。(詳しくは ⇒ 『変革期に必要不可欠な斬新な着眼力が日本のエリートに育ちにくい図式 / 固定観念』) 視野を狭くすることに結びつく「慣性の法則」が待ち受けていることが実に多いのです。 したがって、「自分は特定分野での成功者であった」「挑戦のために置かれる環境は不確実性 (未知性)が高そうだ」「後顧に憂いを残さないようにしたい」と思うのであれば、「思考の三原則」 (全体を見る/長い目で見る/根本的に考える) を適用できる第三者のチェックを受けて“転ばぬ先の杖”を入手しなければなりません。(関連記事 ⇒ 『シミュレーション・サービス』)
地下鉄にサリンを播くことを実行する前に、三度中断したことを指します。戸惑いは迷いの証拠です。しかしながら、「時間がない」と思い込んでしまうと、性格発衝動強迫の悪しき支配を受けて適当な理屈付けをして決行してしまうものです。
戸惑いを感じた時は、心を整理しきる必要があります。しかしながら、特定分野で真面目に仕事をし続けた人間の自問自答では必要不可欠な「思考の三原則」の適用は望みようがありません。自民党きっての知性派であった加藤宏一氏も例外ではありませんでした。(詳しくは ⇒ 『加藤宏一氏の乱』)
オウム真理教の麻原彰晃を除く幹部が集まって地下鉄サリン殺人を決断したことを指します。
日本の組織は同質の人間集団になる傾向があります。(理由 ⇒ 『新しいチャンスに気づかないからである』) そして、この傾向が現実になった集団の意思決定は甘くなり、大事の決定に必要不可欠な「思考の三原則」の適用は望みようがなくなりがちだからです。(理由 ⇒ 『日本の邑社会性』) したがって、「衆知を集めた」とされる仲間内だけでの意思決定はその妥当性を根本的に疑ってかかる必要があるのです。企業の新規事業開発や経験則が通用しにくい一大事のために開催した社内会議や家族会議の結果を思い出して、「その通りだ」と思われる方が多いのではないでしょうか。(必要な対策 ⇒ 『衆智を生かしきる秘策』 緊急を要するので悠長なことは言っていられない。“転ばぬ先の杖”を密かに入手したい。 ── こういう時にお勧めできるのが『シミュレーション・サービス』です。
追う夢がない人生はつまりません。だからといって、どんな夢であってもOKというわけではありません。次のいずれの場合であっても、一度しかない人生が徒労に終わってしまうからです。 ○競馬騎手を目指すべき人がプロレスラーを目指す。 ○競馬騎手に向いていても努力の仕方が悪い。 夢を追って成功を収めるためには、「適性を見極めて目標を設定する」「適切なやり方で目標に向かう」ことが必要なのです。進路と努力の仕方が適切であって始めて「好きこそものの上手なれ」という格言が生きてくるのです。 長年の努力が報われないとしたならば、「自分に向いていないことをやろうとしているのではなかろうか?」「努力の仕方が悪いのではないか?」と反省しなければなりません。しかしながら、“知りすぎのリスク”と“知らなすぎのリスク”が待ち構えている場合には普通の人が反省するだけでは打開の努力は成功しません。 このことを身にしみて理解するためには、大賀典雄氏が音楽家からソニーの大経営者に鮮やかに変身できたのはなぜなのか? を考えてみればよいでしょう。故・盛田昭夫氏という目利きとの出会いがあったからなのです。 「進路が適切でありさえすればいいのではないか?」という意見があるとすれば、この意見は世間を知らないために生まれたものです。資質と進路が同じであっても、チャンスに強いか否かで運命が大きく分かれることになるのです。「チャンスに強い」とはどういうことを指すのでしょうか? 適切な方向で“好きこそものの上手なれ”の世界に入っている ⇒ (問題意識が旺盛である ⇒ チャンスの方から飛び込んでくる) + (挑戦精神が漲っている ⇒ 飛び込んできたチャンスを掴み取る)──、という図式が実現しやすい状態になっていることを指します。(関連記事 ⇒ 『適切で好きな道に入ることが生み出す効用』) 以上の説明からお分り頂けましたように、頑張り続けても芽が出ない人物の人生再構築に成功するためにも「思考の三原則」 (全体を見る/長い目で見る/根本的に考える) の適用が必要不可欠なのです。
孤児院で生活している少女Aがいました。彼女は何事にも自信がなくおずおずした態度の子供でした。ある日のことです。与えられていた白いブラウスが破れてしまいました。外出の用事ができたので、仕方なく少女Bからセーターを借りました。・・・・・男の子達がぞろぞろついてくるではありませんか。どうしてなのでしょうか? 少女Aは年齢以上に身体が発達していたので、小さめのセーターを着たことが図らずもセックスアピールに結びついたからなのです。この物語は下記の悪循環に誰しもが陥りやすいことを示唆しています。
口を開いてくれないと創造的問題解決策の素材となる情報の収集ができません。聞く耳を持たない人に助言をしても「馬の耳に念仏」となってしまいます。コミュニケーションが成立しないと、診断・処方・治療ができないのです。 創造的問題解決を請け負う人の理性が優れていさえすればコミュニケーションは成立するのでしょうか? 「否」です。信頼関係の確立が必要不可欠です。「信頼できない人とは前向きの話をしたくない。助言なんてとんでもない」となるのが人間だからです。 信頼関係の確立なくしてコミュニケーションは成り立たないのです。この大事な信頼関係はどうすれば確立できるのでしょうか? 才能・性格・悩みを本人以上に理解し、喜び・怒り・悲しみを共有できるように心から感情移入できるようになることです。(イメージするために役立つ具体例 ⇒ 『本物のカウンセラーと親交を結んでおくべきであった』) この感情移入が真心のこもった対応に、真心のこもった対応が相手を否定することなくあるがままに受け入れることに結びつき、「ほっと安心する ⇒ 活気を取り戻すことができる ⇒ のびのびと話をすることができる」という図式に結びつくことを忘れてはならないのです。 上記のようなことができることがカウンセラーにとって一番大事なことです。なぜなら、「悩み事を聞いて貰う ⇒ 質疑応答をする ⇒ 性格と由来がきちっと識別できるようになる」という図式の実現が悩み事の急速な解決に結びつくことが実に多いからです。 「人は追い込まれれば追い込まれるほど自分を心から理解し受け入れてくれる人としか話をしたがらなくなる」ことを考えると、上記したことはきわめて大事であることを物語っているのです。(このことで私共が有資格者であると自負する根拠 ⇒ 『悲劇の人生の裏に臨機応変力のなさがある ─ 人生・仕事の問題解決者を登用しなかったことが悔やまれる (フィクション編&ノンフィクション編) ─』)
「思考の三原則」適用の大切さを痛感して頂くために、「全体を見る」「長い目で見る」「根本的に考える」が必要な場面を二つの例を用いて説明しましょう。 (例1) 心の葛藤 (立ち往生) を解決できなかったために殺人犯になってしまった林郁夫 林郁夫は「麻原彰晃の教義には矛盾がある。したがって、とことん信じるわけにいかない。でも、オウム真理教の脱退は自分の過ちを認めることになる」という心の葛藤状態に置かれていました。ところが、この葛藤を解決できず、よろめくように行動して地下鉄サリン殺人事件の実行犯になってしまいました。 心が葛藤状態に置かれるのは例外的なことなのでしょうか? 「否」です。なぜなら、世の中が複雑になってしまったので、「あちらを立てればこちらが立たず」「ああでもない。こうでもない」と悩むことが多くなったからです。心の葛藤は日常茶飯事的な現象になったのです。 林郁夫の話に戻ります。彼が心の葛藤を解決して正道に戻れるようにするためにはどういうことが必要だったのでしょうか? 次の図式を誘導できる人物が必要だったのではないでしょうか。 「その先」の真実を知らせる ⇒ 葛藤状態に陥っている心に「打ち克ちたい」という状態にする ⇒ 「その先」の不安をなくす ⇒ 心に「打ち克たせる」。 視野の広い人物でなければ、このようなことを成し遂げることはできません。なぜなら、広い視野の持ち主であって始めて「その先」の真実を認識できるからです。古今東西の事例認識は多ければ多いほど良いのです。だから、「全体を見る」「長い目で見る」ことが必要なのです。 視野が広いだけでこの人物の任務は達成できるでしょうか? 「否」です。なぜなら、洞察力と知恵 (ジグソーパズル思考力) があって始めて下記一連のことをやってのけることができるからです。 葛藤状態に陥っている心に「打ち克ちたい」という状態にする ⇒ 「その先」の不安をなくす ⇒ 心に打ち克たせる。 だから、「全体を見る」「長い目で見る」だけではなく、「根本的に考える」ことも必要なのです。世の中が複雑になりました。したがって、いずれの局面でも斬新な着眼を入手してジグソーパズル思考を行うことが必要不可欠な場合が多くなったことを忘れてはなりません。 斬新な着眼入手の効用は、リンク先をお読み頂ければお分かり頂けるように、過去の延長線上に活路が見当たらなかったり、立ち往生状態に陥った場合に必要不可欠な「独創性に満ちた枠外思考」を可能にしてくれることにあります。但し、雑多な情報から核心をズバッと見抜く力が必要になるのは言うまでもありません。(具体例 ⇒ 『公開情報活用例』 YAHOO!検索 1.21億件中第2位 100414現在) (例2) 揺り起こさない限り陽の目を見ない膨大な個性的な需要 上記したような「思考の三原則」 (全体を見る/長い目で見る/根本的に考える) 適用力の必要性は随所で発生しています。産業界で必要不可欠になってきたコンサルティング・セールスを例に用いて説明しましょう。 存在を知らせるだけでは商品は売れなくなりました。どうしてなのでしょうか? 機械で手作業の代わりをする。外出しなくても自宅で観る…といったようなことを可能にしたいわゆる必需品が市場に幅広く普及したためです。そこで、登場しつつあるのがコンサルティング・セールスです。 このコンサルティング・セールスで一番手っ取り早いのは「ライフスタイルや経営のあり方を提案する ⇒ 提案内容に惚れ惚れとさせる ⇒ 提案内容の実現手段として商品を位置づける」という図式の実現です。 この図式のコンサルティング・セールスには、「既存のものを活用するので商品自体は個性的需要に対応するものではない」「定型化されたコンサルティングであるために模倣が容易である」という二つの限界があります。
顧客の抱えている複雑な問題の創造的解決策を提示する ⇒ 提示内容に惚れ惚れとさせる ⇒ 提示内容の実現手段として商品を位置づける or 新規開発テーマを位置づける。 このような図式を実現できるのであれば、工業化の限界が生み出した膨大な個性的需要をビジネスに転換できることでしょう。しかしながら、『(例1) 心の葛藤を解決できなかったために殺人犯になってしまった林郁夫』で説明したような「思考の三原則」(全体を見る/長い目で見る/根本的に考える)の適用が必要不可欠になります。 消費者から「自分では気がつかなかったけれど、私の欲求はあなたのおっしゃる通りです」「すごい、鮮やかにジグソーパズルをしたような解決策ですね。見事です」と言われるようにならなければならないのです。 昔であれば、消費者は「自分では気がつかなかったけれど、私の欲求 (悩み) はおっしゃる通りです」と言った後は自分で問題は解決できました。なぜなら、 世の中も自分が置かれた立場もそれほど複雑ではなかった。いいかえれば、立ち往生状態ではなかった ⇒ 小手先的な対応で問題は解決できた ⇒ 一見両立できそうにない複数の目的の達成を可能にする創造的な統合戦略の必要性はなかった──、という図式がほとんどだったからです。
上記したようなことはいわゆるカウンセリングについても当てはまるのではないでしょうか。 なぜなら、「環境が様変わりした ⇒ 経験が通用しにくくなった」という図式の下では、「喋りつくす ⇒ 頭の中が整理できる ⇒ 解決策が自ずと発見できる」という図式は成立しにくくなっているからです。 一例を挙げてみましょう。夫婦のあり方が様変わりした上に、先行きの不透明性が高い時代に「色々なことが巧くいかなくなった根本的な原因は夫婦仲が良くないことにあることが分かった」だけではすまないことに異論をさしはさむ人はいないのではないでしょうか。 夫婦仲が悪いことを仮に認識できても、根本的原因を洞察できない人が実に多いのが現実の姿であることを忘れはならないのです。定年退職直後に妻から離婚を迫られて、「家族のために身を粉にして働き続けてきたのに、自分のどこが悪かったのだろうか?」と途方に暮れてしまう人が少なくないのが何よりの証拠です。 私共が「思考の三原則」を適用したジグソーパズル思考を適用できると自負する根拠 ⇒ 『脳力革命の方法』
自分自身の客観視は困難をきわめるのが人間であることを示す面白い調査結果があります。 インフレの昂進が所得を上昇させ続けていた時代に「あなたの所得が毎年一本調子で上昇し続けているのはどうしてなのでしょうか?」と質問すると、ほとんどの人は「先見力やハードワークのお陰で労働生産性が上昇したからである」と答えたのです。十分承知している高いインフレ率は考慮外だったのです。 順調に事が運び続けると前途に待ち構えるリスクのことは全く考えなくなってしまうのも同じことです。 こうした性向が原因して個人や企業が成功し続けることを困難にしてしまっているのです。どうしたらよいのでしょうか? 「なぜ巧くいっているのか?」「どうなると巧くいかなくなるのか?」「なぜ巧くいかなくなってしまったのか?」「どうすれば再び巧くいくようになるのか?」を折に触れて考え抜くことです。これをポジショニング手法と言います。 このポジショニング手法は説得に抜群の効果を発揮します。なぜなら、「巧くいっていた原因が自分で発見できる」「再び巧く行くようになるためには自らの変革が必要であることが自分で認識できる」からです。いいかえれば、問題 (悩み) を抱えている本人が「変革したい」と思うようになるからなのです。(参考資料 ⇒『真空機器振興ビジョン』) この手法の適用は現代社会が提供する豊かなチャンスの前途に横たわる障害 (チャンスに気づきにくい/チャレンジしたくてもできない/何をやってもうまくいかない/成功路線を持続できない) の除去にも威力を発揮することは言うまでもありません。なぜなら、カルチャーショックを受けるような人間の支援を受けることができれば、下記の図式が手に入りやすくなるからです。 異質の人間と付き合う効果が効率よく入手できる ⇒ 惰眠から目覚める ⇒ チャンスに気づくようになる + 環境適応の必要性を認識する ⇒ 環境適応のこつが分かる ⇒ チャレンジできるようになる。のみならず、新しい仕事を軌道に乗せ、かつ成功路線を持続できる。(異質の人間と付き合う効果 ⇒ 『問題解決策を専門家と一緒に創ることが最善策である』) 上記のポジショニング手法を適用すれば、近所の子供二人を殺害した「長崎の少年殺人事件」も予防できたかもしれません。なぜなら、この事件は次の図式のなせる業であると思われるからです。 母親に厳しく育てられた ⇒ (母親から見捨てられていると思い込んでしまった + 内発的動機に基づく自己決定力が養われなかった) ⇒ 抑圧せざるを得ない歪んだ性欲が発生した ⇒ 攻撃衝動が生まれた。 厳しく育てられた (過干渉であった) ことはベンチャー精神旺盛な人材を生み出すことに結びつく、次の良の循環の図式を妨げることを忘れてはならないのです。 心の奥底から沸いてくる挑戦的テーマをなんとしてでもやり遂げよう…と自分で意思決定する ⇒ 自分で意思決定したことだから困難にめげないでやり遂げる ⇒ 困難を克服してやり遂げた快感をもう一度味わいたい…と思うようになる ⇒ 心の奥底から沸いてくる挑戦的テーマをなんとしてでもやり遂げよう…と自分で意思決定する・・・・。 殺人事件を引き起こした長崎の少年は上記したようなベンチャー精神が育まれていなかったために、抑圧せざるを得ない性欲が攻撃衝動に、攻撃衝動が殺人に結びついたと考えられるのです。 上記した少年の日常の言動を洞察・観察すれば、攻撃衝動性に気づき、両親、特に母親に対してポジショニング手法を適用できたのではないか…と思われて残念でなりません。 以上の説明から明らかなように、「思考の三原則」 (全体を見る/長い目で見る/根本的に考える) はポジショニング手法の適用によって大きな効果を発揮するのです。
ポジショニング手法適用の成功が問題の円滑な解決に結びつかないことだってあります。行動を起こそうとすると、あちら立てればこちら立たず…となってしまう立ち往生状態に陥っていることに気づく場合です。 こういう場合はシナリオ化された創造的統合戦略を策定する。のみならず、当事者をして変化を受け入れて自分を変えることを適切、かつ敏速に行わせしめる。いいかえれば、ワタナベ式問題解決へのアプローチ的なことを適用できる能力が必要になります。 その場しのぎの習慣 + 様変わりした環境 ⇒ 重大な盲点発生 ⇒ 絶好の機会逸失──、という図式に陥っている人が多いことを考えると、ワタナベ式問題解決へのアプローチの重要性に注目する必要があるのではないでしょうか。(関連記事 ⇒ 『長期間密着した人物の渡辺高哉評』)
一説によると、ほとんどの人はエネルギーの98%を無駄なことに費やしているそうです。心の中のざわめきや集中力不足が災いして気づくべきことを気づかない。囚われた気持ちが災いしてついつい後悔に結びつくことをしてまう。 ── これがほとんどの人間の実態であることを思い起こして、「そういうことだろうな」となる人が多いのではないでしょうか。多くの人は視野狭窄症や拘禁服着用症に結果として罹っているのです。 どうしてこうなってしまっているのでしょうか? ついついおせっかいを焼こうとしたり焼いたり、見栄を張ろうとしたり張ったり…といった具合に性格に振り回されるからです。 人間は性格に振り回されるしかないのでしょうか? 「否」です。相手の発言を聞き漏らさない。のみならず、相手の鬱積した欲求を見抜いた上でおせっかいを焼き、多くの人から尊敬されている人もいます。性格に振り回されるのではなく、性格を乗りこなす人もいるのです。性格に振り回されることが多い人であっても時には性格を乗りこなすこともあることでしょう。 性格に振り回されるのではなく、性格を常時乗りこなすようになるためにはどうしたらよいのでしょうか? 人間誰しもが持っている「良くなりたい。そのために努力したい」という本能を力強く作動させることです。そのためには心の奥底からの納得が必要です。 そうです。この本能を力強く作動させるためには悩み事や人生史を適切に分析して貰い、「あなたはかくかくしかじかの理由によりかくかくしかじかの性格が育まれました」と言い切って貰うことなのです。(関連記事 ⇒ 『反面教師となる事例集』) 性格を常時乗りこなすようにすることは自制心が必要です。いいかえれば、努力が必要です。したがって、このような態度の継続は“得手に帆を揚げる”形で秘められた才能の開花にも結びつきます。性格に合わない努力は長続きしないし夢中になれないので、身につきにくい。ところが、性格に合う努力は格言「好きこそものの上手なれ」の世界に入ることができるのです。(関連記事 ⇒ 『一人一人の“小宇宙”を理解した対策の必要性』) そのために必要になるのが過去の歩みを生かしてオセロゲームのような人生に導いてくれる新創業を可能にしてくれる個性的才能を引き出す性格診断です。
アトピーに悩まされ続けている女性Aさんがいます。病院に通い続けました。ところが、一向に良くなりません。にもかかわらず、担当医は「今度も前回と同じ白い薬です」と紋切り型の処方を繰り返すだけです。Aさんは「何のために病院に通っているのか分からない」と思うに至り、アトピー専門の化粧品屋さんに通うようになりました。アトピーが即良くなったわけではありませんが、満足した気分に浸ることができました。 この化粧品屋さんはAさんのことを親身になって一緒に考えてくれるのです。「かくかくしかじかだから、こういうことを気をつけた方がいい」「こういう化粧品があるけど、あなたの場合は今度はこの化粧品を試した方がいい」といった具合にです。Aさんは「なるほど」と思い、自分でも色々工夫するようになり、アトピーの症状は少しずつ良くなってきました。 診断し、処方するだけの専門家は失格なのです。結果責任を負う努力が必要不可欠なのです。この努力が相手に伝わると、相手は孤独感から解放され、前向きの気持ちになれるのです。 結果責任の負い方は理性面だけでよいのでしょうか? 「否」です。感情面での配慮も必要です。なぜなら、悩み事を抱えた当事者は「素人である ⇒ 先が読めない ⇒ ちょっとしたことで心が動揺して日常生活にも支障をきたしてしまう」という図式に陥り易いことを肝に銘じた行動が必要だからです。具体的には、例えば、下記のような心遣いをしなければなりません。 「不安感に襲われたらいつでも電話してきてください」と伝え、電話がかかってきたら、「あなたはかくかくしかじかの理由でかくかくしかじかの状態にあるのです。したがって、問題解決のプロセスを確実に辿っています。後こういうことをすることによって問題は解決するでしょう。似たようなBさんもこういうプロセスを経て問題解決に成功しました」と心を込めて伝える。セラピストの心構えが必要なのです。 専門家は理性・感情の両面で結果責任を負う努力をする変革推進者の役割を引き受ける覚悟をしなければならないのです。
(節子) 「ほとんどの人はエネルギーの98%を無駄なことに費やしている」という通説にまつわる説明を実践に役立つように発展させたい。性格に振り回されるのではなく、性格を常時乗りこなすようにすることに役立つ悩み事相談のことをもっと詳しく説明してくださらないかしら? 悩み事相談を通じて潜在能力を大きく引き出すことができればとてつもない福音になると思う。悩みを抱えていない人はいないんだから。 (高哉) 性格が個性的才能を生む一方において悩みを生み出す具体例として源義経を取り上げたい。彼が源氏再興の一番の立役者になった原動力である、見知らぬ人でも短時間で惹きつけて味方にしてしまう不思議な人間的魅力と天才的な軍事的才能はどのように培われたと思う? 以前に一緒に見たテレビドラマを思い出して性格診断のプロに相応しい説明をして欲しい。 (節子) 母子家庭で育った上に早々と母親と離別することとなった。一方において父親の代わりのような役割を演じた平清盛に大事にされた。こうした生い立ちが遺伝子を刺激して性格が醸成され、この性格が今貴方が言ったような才能に結びついたんじゃないかしら? これを図式化すると、次のようになると思う。 (平清盛に気に入られ可愛がられきたので、純粋である + 源氏嫡流であることを認識している + 源氏再興の強い想いがある ⇒ 自己保存や求心力ではなく精神的満足を求める価値観が醸成された) + (人の情に飢えている ⇒ 人を優しく受け入れる雰囲気が醸成された) + (平清盛に認められることを意識した幼少時代を送ってきた ⇒ 目立ちたがり屋になった) ⇒ 躊躇することのない大胆な行動力が身についた ⇒ 人を魅了しようとする習慣が根付いた + 武士という立場もプラスして天才的な軍事的才能が育まれた。 (高哉) 僕も同感だ。このような義経が兄の源頼朝に敵対視されるようになってから天才的な軍事的才能がすっかり影をひそめてしまい、敗退に次ぐ敗退となってしまったのはどうしてなんだろうか? (節子) 人の情に飢えている上に源氏再興の強い想いがあることが生み出した兄・源頼朝への帰属意識がなくなってしまった ⇒ うつろな気持ちで迎え撃つこととなってしまった ⇒ イノベーションのロジック注入とは程遠い精神状態になってしまった──、という図式のなせる業だと思う。こういう状態って義経にとって大変な悩みよね。 (高哉) その通りなんだ。性格と立場にはまった人生を送ると、きらきら輝く個性的才能が発揮される。ところが、逆になると、悩み事が生まれる。僕が「悩み事相談を通じて磨くに値する才能は必ず見抜くことができる」と主張している根拠はここにあるんだ。性格と人生が生み出した立場は「こうしたい」という強い衝動を生み出し、これは二つの結果に結びつくことを忘れてはならない。
(節子) 貴方は「悩みを全てぶつけてくれさえすれば、個性的才能を引き出す形で悩み事を必ず解決してみせる」とも言っている理由がよく分った。義経が相談にやってきたとしたら質疑応答を重ねることにより次の手順に従った作業を問題なくやってのけることができると思う。(関連記事 ⇒ 『渡辺高哉の人生目標とその理由』) 義経と頼朝それぞれの性格と歴史的な立場を見抜く ⇒ 頼朝が義経に敵意を抱くに至った理由を見抜く ⇒ 義経の類稀な才能とその由来を頼朝に認識させる ⇒ 頼朝は「そういうことだったのか」となり、義経に抱いていた疑念が吹き飛ぶ ⇒ 頼朝の前途に横たわるであろうチャンスとピンチを認識させる ⇒ このチャンスを掴み取り、ピンチを回避するためには義経の類稀な才能が必要不可欠であることを頼朝に認識させる ⇒ 頼朝の地位を脅かすことなく義経の才能を生かす方法を頼朝に認識させる ⇒ お互いに反省すべきことは反省して頼朝と義経は再び協力関係に入る。
(節子) 兄の源頼朝に敵対視されるようになってからの義経はさっき言ったように明確な理由を見いだせないままうつろな気持ちになったことは脳に悪しきストレスを貯め続けることになり、碌なことにならない。このことを理路整然と説明してくださらないかしら? (高哉) 単純化すると、悪しきストレスを貯め続けることは次の図式実現に結びつくことを覚悟しなければならない。 性格の健康状態が悪化する ⇒ マイナス思考をしがちとなり、気持ちが前向きにならない ⇒ チャンスに気づかず、ピンチを招きがちとなる ⇒ 人生を台無しにしてしまう危険性が高まる──、という図式に陥ってしまう。(具体例:秋葉原17人殺傷事件を含む『実例が物語る性格無知の悲劇集』 (節子) 『オウムに嵌った林郁夫は他人事ではない!』の言葉を借りるわけじゃないけど、「秋葉原17人殺傷事件は他人事ではない!」と言わなくてはならないわね。というのは、貴方がいつも指摘しているように次の図式に陥っている日本人が実に多いから。 個が埋没した状態が気が遠くなるほど長く続いた ⇒ 「大きな物語」の時代が終わっても「小さな物語」を創ることができない ⇒ 閉塞状態に陥ったままである。 次の図式実現に確実に結びつく人生史を適切に分析しようと思わない人が殆どなのはどうしてなのかしら? (環境に適応できなかった自分を痛感する ⇒ 「なんとかしなくては」と思う + 諸悪の根源は性格に振り回されたことにあることを痛感する) + 先行きがどんどん不透明になっていくことを認識する ⇒ 「なんとしてでも性格を乗りこなせるようになろう!」となる ⇒ 性格乗りこなし術習得のための努力をするようになる。 (高哉) マンネリズムに陥っているために自分を客観視できない。仮にそうではなくても自分を他人にさらけ出したくないからだ。
(節子) 秋葉原17人殺傷事件を含む『実例が物語る性格無知の悲劇集』の深刻さの受け止め方が甘いこともあるんじゃないかしら? 「他人事ではない」と思えばマンネリズムは吹き飛ぶし、得られるメリットの方が遙かに大きければ安っぽいプライドはかなぐり捨てる。これが世の常なんだから。そういう意味で、「性格に振り回されるとこうなってしまう」という例をもっと紹介してくださるとありがたいんだけど。 (高哉) クライアントの実例を挙げることが一番迫力があるけど、そうはいかない。そこで、再び歴史上の人物を取り上げたい。当代随一の頭脳明晰な人物であるにもかかわらず、徳川家康の謀略に乗せられて関ヶ原の戦いで徳川家康に惨敗した石田光成なんかがいいんじゃないかな。 (節子) 石田光成が惨敗したのは「徳川家康と反りが合わない ⇒ 徳川家康の命で三和山に隠居させられた ⇒ 自分が参謀役を果たして平定した天下を徳川家康がもぎ取ろうとするに至った ⇒ 性格発衝動強迫の支配を受けてしまい、準備不足の状態で徳川家康に戦いを挑んでしまった」という図式のなせる業。これって時と場合によっては磨き上げた才能は無力になってしまうという意味で自信家に対する強烈な教訓ね。 (高哉) 自信家ではなくても人生を台無しにしてしまう例は枚挙に暇がない。貴女も読んだ小説『嫌われ松子の一生』(映画化された)の主人公・川尻松子がいい例だ。裁判記録によると、「男から男に安易に渡り歩いた生き方が転落人生に結びついた」となっているそうだけど、皮相的過ぎる。これでは教訓にはなりにくい。 幼少期は父親に大事にされた。ところが、妹が病気持ちになり、父親の関心の中心はこの妹に移ってしまった。その結果、夢見る乙女であり、かつ大事な人と融合したがる性格の持ち主である川尻松子は心理的な大打撃を受けることとなり、性格発衝動強迫の支配を受けて男から男に渡り歩く結果になってしまった。このように理解しなければならないと思う。 この転落人生は性格は強い思い込みを生み、これが現実直視力を奪い取る『悪しき知覚プロセス』に結びつくという教訓として受け止めなければならない。 (節子) 川尻松子の最初の男だった小説家志望の哲也とかいう人物が自殺してしまった理由も似たようなものね。というのは次の図式が実現していたように思われるから。 自分の売名に結びつく小説を書きたい気持ちが先走ってしまった ⇒ モチーフを念頭に置いた取材活動を丹念に行ってから執筆するという小説家としての王道を歩まなかった ⇒ 当然のこととして筆が進まなかった ⇒ すっかり絶望してしまった。 (高哉) 彼の自殺は視野が狭い上に知恵不足が招いたという意味で、日本が自殺大国である背景にある次の図式の各論版だよ。 自分らしく生きる術を知らない ⇒ 終わってしまった「大きな世界」を生きようとする ⇒ お金がなくても人生の楽しみ方は沢山あることを知らない ⇒ 経済不況になるとお先真っ暗になる ⇒ 自殺者が増える。 (節子) 直ぐにヒステリーを起こすことが悩みの種となっている私が知っている人の奥さんについても似たような説明ができるのかしら? 彼を助けてあげたいのでお願いしたい。 (高哉) 例のモダンバレーをしている人ね。彼女の場合は次の図式に陥ることが激しいヒステリーに結びつくのだと理解している。 (求心力を強化することで自分の欲求実現に焦点を当てようとする性格の持ち主である。ところが、このことを自覚していないので、性格を乗りこなす術を知らない + 振り付けや曲の選定などからなる創作が思うようにいかない ⇒ ストレスが溜まり一触即発の状態になる) + 気に障ることに遭遇する ⇒ 溜まったストレスが一気に爆発する。 (節子) 彼女自身の性格と由来を知ることが短期的な対策と長期的対策を可能にする。「自分自身の現実を直視できる ⇒ 溜まったストレスが一気に爆発しそうになる瞬間を認識できる ⇒ 自制心が働く」という図式の実現が短期的な対策。でも、これでは根本的な対策にはならない。そこで必要になるが次の図式実現からなる長期的対策になる。 自分との付き合い方が徐々に適切になっていく ⇒ ストレスが溜まりにくくなる ⇒ プラス思考できるようになる ⇒ 必要な情報が飛び込みやすくなったり、適切なひらめきが生まれやすくなる ⇒ 振り付けや曲の選定などからなる創作が円滑に進みやすくなる。 (高哉) 図式化すればそういうことになるけど、性格と由来を知るためには源義経がそうであったように鋭い洞察力が必要不可欠だ。貴女もマスコミ報道で知っている『会津若松の高校生母親殺し』の深層がこのことを物語っている。この少年は公務員を目指して文武両道に励み、中学時代は学校の成績No1、スキー選手としてもNo1になった理由を見抜くことが事件の深層解明の鍵となる。 (節子) 彼はぬくぬくした生い立ちとは正反対の三つの図式が合体した性格が醸成され、これが原動力になったんだと思う。情報源はマスコミ報道だけで実際に取材していないので推測の域を出ないけど。
したがって、自分を厳しく鍛えることにより起きがちな不安を抑え込む人生になり、その結果が文武両道に励むことに結びついたんだと思う。 (高哉) 僕も似たような感想を抱いた。貴女と同じで情報源はマスコミ報道だけで実際に取材していないので推測の域を出ないけどね。ところで、このように自分を厳しく律していた少年がどうしてとんでもない凶行に及んだのだろうか? (節子) 高校入学が人生を暗転させることになり、置かれた環境に必要以上に不安を抱きやすい性格が大きくローズアップして精神異常を来たし、“理由なき”凶行になったんだと思う。この様子を図式化すると、次のようになるんじゃないかしら? (自分よりも文武両道に秀でた同級生が存在していた ⇒ 中学生時代のようなスターではなくなった) + (通っている高校は自宅から遠く離れていた ⇒ 下宿生活となった ⇒ 家族との団欒がなくなった ⇒ 潜在していた孤独癖が浮上した) + (崖崩れによって生家が半壊してしまった ⇒ 帰るところがなくなってしまった) ⇒ 無力感・無援感に襲われるようになった ⇒ 孤独の中で妄想に耽るような異常な精神状態になってしまった ⇒ 自分の無力感・無援感を払拭するために「テロや戦争が起きればいい」と思うようになってしまった。いいかえれば、世の中を全面的に否定するようになった ⇒ 「誰でもいいから殺そう!」と思うに至った ⇒ 母親との口論が『マンソン』のシーンを思い出させて母親を殺害して頭部・右腕を切断してしまった。 (高哉) この少年の告白である「マンソンの真似をした」は現象に過ぎない。したがって、「少年・少女に有害な映画は抑制しなければならない」という意見が生まれるとしたら逆に問題の根本的解決は遠のいてしまう。大切なのは洞察力豊かな専門家の力を借りて自分の性格と由来を知り、自分との付き合い方を徐々に適切になっていくことが生きる知恵の時代になったことを認識することだ。さもないと、次の図式の犠牲になりやすくなることを覚悟しなければならない。 (共同体が崩壊してきた ⇒ ストレスが溜まり続ける) + 先行きがどんどん不透明になる ⇒ ストレスが溜まり続けている状態に大きなショックが重なる ⇒ 人生を台なしにしてしまう。(対策のヒント ⇒ 『閉塞・絶望状態から脱出できる否かは本人の心がけ次第である』
(節子) 貴方の今の指摘を知って「何を寝言を言っているんだ」とい言う若者が出てくるかもしれない。というのは「人間はいつか必ず死ぬ + 自己否定感に耐えられない + 今のところ衣食住が足りている ⇒ 成り行きの人生をよしとする」という図式に納まっている若者が増えてきているからよ。 自分の手料理を食べながら安いアルコール飲料を飲みながら好きな音楽を聴いたり、ネット上でこのことを話題にして仲間と交流する。こういう最近出てきた「宅飲み」の背景には私が今指摘した図式があるんだと思う。だからか「結婚してもシンプルライフ。したがって、そこそこの収入があればいい」と言う若者も増えている。こういう現象をどのように理解したらいいのかしら? (高哉) そういうライフスタイルがずーっと可能であれば、全く問題がないんじゃないかな。ある意味で合理的なライフスタイルだ。仕事が終わった後、上司や同僚とノミニュケーションをしない若者が増えているけど、これも様変わりした環境に適応する合理的な行動だと思う。というのはサラリーマン・ライフのあり方が様変わりしてきたからね。 (過去) (過去の延長線上を歩めば事足りた + 群れないと信用されない(関連記事 ⇒ 『信を相手の腹中に置くことができない』) ⇒ 仕事が終わった後に上司や同僚とノミニュケーションをする) + 職務規定が曖昧である ⇒ 上司や同僚から積極的な協力を引き出すことができる。 (今後) 市場が成熟した + グローバル経済の時代になった ⇒ 知恵の源である脳内のシソーラス機能と胆力の源である海馬を鍛えて臨機応変力を強化することが割の良い仕事に就くための要諦になった ⇒ 時間外自己研鑽のための時間を極力増やすことが必要になった。 このように言うと、「人間関係はコミュニケーションの量に比例することが多いことを考えると、世間知らずではないか」という疑問の声が出てくるかもしれない。こういう向きには「自分を本当に理解してくれる人物が大切にされる。したがって、相手の性格と立場を見抜き、適切な言動をとってコミュニケーションの質を抜本的強化する方が重要である」という言葉を返したい。 (節子) そんなことを言っても聞き流す人が多いんじゃないかしら。「日本は親の世代よりも悪くなる」と思っている人が多くなっている。にもかかわらず、私がさっき指摘したライフスタイルが増えてきているのよ。こういう人生をよしとすることにどうしてなってしまっているのかしら? 「日本は親の世代よりも悪くなる」と思っている。いいかえれば、日本を「じり貧国家」と判断している。にもかかわらず、不安払拭のための積極策を講じようとしないのは変よ。どうしてこういう風潮が生まれたのかを理路整然と説明して欲しい。 (高哉) ナアナアが通じる社会であった ⇒ その場しのぎの習慣から脱却しようがない ⇒ 大事なことであるにもかかわらず約束事を書類化することが少ないことが示すようになんとなく保証したり、保証されたりする──、という図式が生み出した、日本人に古くから根づいている「根拠なき楽観主義」から抜け出せないからじゃないかな。 (節子) 通用しなくなった習慣の壁を超えることができない背景には、個が実質的には埋没したままであるので「わが道を行く」とならないことがあるんだと思う。お互いの支えあいを可能にしてきた共同体が健全であれば、そういう生き方をしていても問題にはならなかったんでしょうけど、共同体が崩壊してきたので、そうはいかなくなった。こういう理解でいいかしら? (高哉) 「共同体が崩壊してきたことは頭では分かっていても身体がついていけないからだ」と言ってしまえばいいんだろうけど、それでは問題は解決しない。頭では分かっていても身体がついていけない理由を考えないといけない。そうでないと、『故・森嶋道夫教授の嘆き』通りのことになってしまう。 (節子) 頭では分かっているといっても「なんとなく」であるので、染みついた習慣から脱却できないからなんでしょうね。こういうことは今話題にしていることだけでなく、様々なことに当てはまる。「日本の常識は世界の非常識」と言われるくらいだから。 役職に興味がない人が2003年の28%から2010年の40%に急増した(明治安田生命調査)ことにも同じようなことが言えるのかしら? 「上がつかえているので上と下の板挟みで自分らしく生きることの我慢のしがいがないからだ」と専門家は解説しているけど。 (高哉) その場合は「習慣の壁」ではなく、「考え抜く力の決定的不足」が原因している。役職のあり方が様変わりしたことを役職に興味がない人もその専門家も理解していないんじゃないかな。 (過去) 上と下の情報中継点、部下のにこぽん係り。したがって、極論すれば、社内遊泳術に長けていさえすれば良かった。 (今後) 組織目的達成のために部下一人一人の“小宇宙”を理解した対策を臨機応変に講じる脳力・能力が必要になった。 役職に興味がない人も専門家も今後必要な脳力・能力を培うことは自分らしく生きる術の習得にもつながることを認識し、長く続いたエスカレーター人事時代の考え方から完全に脱却しなければならない。そうすれば、考え方ががらりと変わるはずだ。 (節子) 『今必要なのは偉大な素人です』にあるようなことは経営陣だけではなくそれ以外の人達にも当てはまるのね。最近目立ってきた行動は合理的に見えるけど、深刻な結果を招く重大な盲点があることがよく分った。情けなくなったので聞くんだけど、貴方が「時代を先取りした行動だ。大したものだ」となるようなことはないのかしら? (高哉) 地元志向の若者が増えてきたことは「時代の先取りである」と理解できなくもない。というのは、一般に言われている「インターネットの普及などにより地元にいても東京に遜色のない便利さが得られるようになったので、わざわざ遠隔地に引っ越しする必要はなくなった」ということが先ずある。 その上、ものすごく大事なことがあるからだ。エネルギー資源価格の上昇と地球環境再生のことを考えると、『広域を一体的に捉えた再開発』を大前提とするヒト・モノの移動を少なくする方向に歴史は向かっている。(詳しくは ⇒ 近い将来掲載を予定している『政治は日本列島全体のダイナミズム促進に舵を切らなければならない ── 総合的・並行的学問が創造力の源なのだ ──』) 但し、気をつけなければならないことがある。安定した枠組みの中でのささやかな自由が一番である。にもかかわらず、企業・国家は安定した枠組みではなくなったので地元を志向する。こういうことが背景にあるとすれば、「増えた地元志向=増えた没落傾向」となることを覚悟しなければならない。(関連記事 ⇒ 『日本人の保守性の弊害と理由』) (節子) 貴方が危惧していることは現実になる危険性が高い。というのは、新入社員の進取の気性が急速に薄れてきているから。仕事意識が次のように変わってきているのよ。(日本政府調査) 2006年 2010年 年功序列よりも能力主義に徹した方が良い 65.2% 21.1% 仕事に燃えている人は素敵である 77.9% 46.1% この背景には「世の中が複雑になってきた ⇒ その場しのぎの習慣が奪った現実直視力の欠如が露呈された ⇒ 世の中を支配するロジックの変化に気づかない ⇒ 長く続いている閉塞状態に対する諦めの気持ちが生まれている」という図式があるんだと思う。このような状態に陥っていることを「なるほど、よく分った」となるような説明をしてくださらないかしら? (高哉) 利用されるだけ利用されて悲劇的な結末を迎えることになってしまった新撰組のことを考えることが貴女の要望に応えることに結びつくと思う。一緒に観たテレビドラマを思い出して欲しい。 (節子) (虐げられがち、視野が狭くならざるを得ない農民であった ⇒ 徳川幕府の実態を知らずに武士に憧れた) + 徳川幕府が崩壊の危機に瀕することとなった ⇒ 武士に採りたてられて徳川幕府の番犬的存在になった──、という図式に陥ってしまったのだったわね。・・・・・賞味期限が切れた日本モデルにしがみつき、エアーポケットの中をもがくのみのような状態になっている、多くの日本人にそっくりね。新撰組の方々は。
この間観たテレビで多くの日本の経営者は改革をしないことを約束したことを知って吃驚したけど、直ぐに得心した。2001年秋にPHP研究所の編集者が貴方に出版依頼をし打ち合わせをした時に、「先生、日本のビジネス・パーソンのほぼ全員が今の体制の方がいいと思っている」と言ったそうだけど、そのことを思い出したからよ。インターネットも普及して情報化社会になったので、昔のような世間知らずにならなくてすむのにどうしてこうなっちゃっているのかしら? (高哉) 相変わらず人間関係をウチとソトに明確に分ける習慣から脱却できないでいることが根本的な原因になっている。このように言うと、「日本人の特徴である異俗を受け入れない風習がなくなってきている。高円寺のかっこいいカフェが見知らぬお婆さんを呼び込んでいるのが何よりの証拠だ」と反論する向きがあると思う。しかし、この反論は当たっていない。 グローバル化、情報化は異俗に対する違和感の軽減に役立った。しかし、変化を嫌う国民性は相変わらずなので、予測制御できない人は排除する傾向が色濃く残っている。大学生ですらよく知っている人からよく知っている人に人間関係の輪を広げる形でしかSNSを利用しない場合が圧倒的に多いのが何よりの証拠じゃないかな。これは紹介状なくしては見知らぬ人と会わない古い習慣となんら変わらない。 (節子) 克己心が弱いからそうなっているんだと思う。この克己力不足が理科系志望の生徒を日本で少なくすることに結びついているような気がしてならない。「技術系は出世に必要な社内遊泳術が下手である ⇒ 出世が遅れがちとなる ⇒ 所得が増えにくくなりがちである」という図式も否定できないけど、「理数系は安易には習得できない」ことが根っこにありそうなの。 どうして「克己心を鍛えよう!」と思わないのかしら? (高哉) 「鶏が先か卵が先か」の問題になるけど、『老害が発生する仕組み』に陥っていることが人生の送り方が様変わりしたことに気が付くことを妨げているからだと思う。 (過去) 日本モデルが健全であった ⇒ 各人の仕事の知識技術集約度合いはそれほど問題にならなかった。(脳力・能力のハイエンド化の必要性はそれほどなかった) ⇒ エスカレーター人事が通用していた ⇒ 脳力・能力の差がそれほど大きな問題にならず1等から5等までOKであった。 (今後) 日本モデルの賞味期限が切れた ⇒ 各人の仕事の知識技術集約度を高めなければならなくなった。(脳力・能力のハイエンド化が必要不可欠になった) ⇒ 脳力・能力の差がそれほど大きな問題にならず1等から5等までOKの時代は完全に終わった。 要するに、『故・森嶋道夫教授の嘆き』が生み出した“知らなすぎのリスク”に陥りつつある日本人が多いんだ。このままだと、「日本人の過半数は秋葉原殺傷事件を引き起こす因子を抱え込んでいる」ということを否定しようがなくなる。共同体が崩壊してきたことを考えると、「赤信号も皆で渡れば怖くない」はまったく通用しないことを肝に銘じなければならない。
(節子) 「仕事の知識技術集約度を高めなければならなくなった」は分かるようで分らない。公認会計士は決算処理が仕事。普通のサラリーマンは決算時だけ。したがって、公認会計士の方が知識技術集約度を高めることができる。でも、公認会計士の仕事に就くことが将来を安泰にするとは限らない。厳しい時代になって仕事がなくなった公認会計士は少なくないんだから。こういうことも踏まえて分りやすい説明をして頂けないかしら? (高哉) 「自然科学の世界においては創造活動は40歳まで」と一般に言われている。この理由を考え抜くことが貴女の要望に応えることに結びつくと思う。 (節子) 生きていれば新しい創作テーマがどんどん見つかる。これが作家や画家の世界。したがって、ボケたり、意欲を失わない限り作家や画家の仕事には年齢制限がない。ところが、画期的な新薬の開発ができにくくなったことが示すように自然科学の世界は鋭い勘に基づいて偏執狂のように掘り下げて思考することが必要不可欠。粘り強い気力が要るのでどうしても年齢的な制限が生まれやすい。 これは普通人の考え方。でも、普通人ではない貴方の問題投げかけの背景には「生き方に問題があるから年齢の壁にぶち当たるのだ」ということがあるんだと思う。その辺のことを分かりやすく説明して頂けないかしら? (高哉) 変な言い方だけど、日本病にかかってしまったことが粘り強い気力を培うことを困難にしたんじゃないかな。この背景には次の図式があると思う。普通の人を想定してだけど。 その場しのぎにどっぷり浸かって生きてきた ⇒ 抽象概念の理解力を培うことを妨げた ⇒ (目先のことしか信じない ⇒ 過去の延長線上を突っ走る力は世界ダントツ一位となった ⇒ 自己満足に浸ることとなった) + 深く潜在している事象を見抜くことができない + シナリオ発想が適切にできない ⇒ 過去の延長線上にはない新成長機会を掴み取ることができなくなった ⇒ 自信喪失が挑戦精神を失うことに結びついてしまった。 偏執狂のように開発に勤しんできた企業は様変わりした環境に適応しやすい。自己満足に浸ると『老害が発生する仕組み』に陥いりやすい。逆も真 ── これと同じことなんだ。 (節子) 模倣力は世界ダントツ一番だけど、先を読んだり、洞察する力が世界ダントツ弱いことが日本人をだらしなくしてしまったのね。若者が「上の人が“座席”を占めているので、新たに入り込む余地がない」となり、挑戦精神を失ってしまったことがよく理解できた。よく言われる「ウーマンリブの時代に比べて日本の女性が元気を失った」理由も似ているんでしょうね? (高哉) そうだと思う。「(女性はそこそこの自由を獲得した ⇒ 当初のようなエネルギッシュであることの必要性が低下した) + “ガラスの天井”があることが分かった + 世の中が複雑になった) ⇒ 諦めの気持ちが生じた──、という図式に陥ってしまったんだろうね。 (節子) 私がさっき言った「自然科学の世界は鋭い勘に基づいて偏執狂のように掘り下げて思考することが必要不可欠」は自然科学の世界だけではなく、過去の延長線上に新成長機会が存在しなくなった時代に積極的に生き抜き、躍進するための要諦でもあることがよく分った。市場は成熟し切っており、しかも経済のグローバル化が進む一方の世の中を切り開いていくためにはピンポイント力を臨機応変に発揮しなければならないので、当たり前と言えば当たり前よね。 でも、ピンポイント力を臨機応変に発揮するのは容易ではない。長年連れ添った夫婦が具体的証拠がなくても鋭い勘を働かせて相手の浮気に気づくように「こうじゃないかな」とチャンスやピンチに逸早く気づくことが先ず必要。この必要性に応えるためにはその世界のことを知り抜かなければならない。しかし、夫婦が相手の浮気に気づいても適切な対策を講じることができるとは限らない。適切な対策を講じるためには知恵力が必要になる。同じことがその他のことについても言える。 『難問解決を可能にする特技』にあるような脳力・能力が必要不可欠になるわけだけど、どうすればいいんでしょうね? 直ぐに思いつく『思考の三原則を適用したジグソーパズル思考の達人になるための行動指針』は創造的問題解決力に結びつく博覧強記の人生を要求している。よほどのことでないと、そんな人生は長続きしないし、長続きさせようと我慢を重ねると病気になってしまう。 (高哉) 自信がなく読書嫌いであったにもかかわらず、明確な目標を持って勉強し続けるようになった当人である貴女自身に回答がある。個性的才能を引き出す性格診断が適切にできるようになることを目標に博覧強記の人生になっている。そして、この人生は病気になるどころか生き生きとしていられるので、健康が増進したじゃないの。 (節子) 「灯台下暗し」以上だったわね。でも、ナアナアの習慣にどっぷり浸かってきた人は私のようにはなりにくいような気がする。どうしたらいいんでしょうね? (高哉) (動くオフィスにもなるスマートフォン普及がデジタルネィティブの時代の本格的到来時期を早める ⇒ 即戦力でないといい仕事にありつけなくなる時期が早まる) + 市場は成熟し切っており、しかも経済のグローバル化が進む一方の世の中を切り開いていくためにはピンポイント力を臨機応変に発揮することが即戦力となる時期が早まる ⇒ ピンポイント力強化の敵であるナアナアの習慣から早く脱しないと、積極的に生き抜くことが困難になる──、という図式を肝に銘じることだ。 このように言うと、「ナアナアを止める ⇒ ひいきを得られる人間関係の確立が困難になる ⇒ いざという時に融通を利かせてもらえなくなる」となることを危惧する人が出てくるかもしれない。こういう人に認識してもらいたいのは次の図式だ。 相手の性格と立場を見抜く ⇒ ウィン-ウィンになるような助力を日頃から心がける ⇒ ナアナアを止めてもひいきを得られる人間関係の確立が可能になる。
(節子) 経済的な苦境に陥りたくない。年金不安に悩まされたくない。こういうことを望むのであれば、個性的才能を引き出す性格診断を受けて、「適切で好きな道=閉塞無縁の道」を歩むことが必要不可欠であることがよく分った。この性格診断は技術を習得すればいいのかしら? 私自身は無論そうは思っていない。にもかかわらず、敢えて聞くのは、 「模倣」から「創造」の時代になったことを明らかにして『経営計画は「立案手順の知悉」よりも「創造力」の方を遙かに必要とするようになった』にあるようなことは色々な面に当てはまるようになっている。このことを多くの読者に知って欲しいからなの。 (高哉) 『難問解決を可能にする特技』が必要不可欠。これが結論。このことを理解してもらうためにやや詳しく実例に基づく考察をしたい。そうでないと、源義経などのことはさらっと分析したので、個性的才能を引き出す性格診断が創造力を必要とすることの理解が十分得られないのではないかと思う。 そこで、取り上げたいのが貴女の知人の知人。僕にちらっと話したことに僕がものすごく興味を抱き、貴女に聞き取り調査をしてもらった例の人物のことを詰めてみたい。 この人物は弁護士になるのを諦めてオーナーが自ら経営する某大企業に入社。本心の頑張りと強力な後ろ盾があることもあって中途入社でありながら常務取締役になり、蓄財にも成功。引退後の生活は経済的には万全。しかし、兄弟だけではなく妻と子供からも人間的に全く信用されなくなったので精神的には悲惨 ── こうなってしまった理由を考えてみたい。サラリーマン人生では勝ち組だったこの人物が近しい人達の信用を失ってしまった背景には何があったんだっけ? (節子) 子供の個性を認めず鋳型にはめるような育て方をしてきた。自分を良く見せるためにすぐにバレルような嘘をついてきた。葬儀の時に紹介された故人の履歴の真偽を調べ抜くなど重箱の隅をつっつくようなことをしてきた。こういうことが重なった上に、遺産を独り占めしようと画策したりしたからだと思う。 (高哉) 引退の時期が近づいた + 持病がある ⇒ 不安が高じてストレスが溜まった ⇒ 性格発衝動強迫の支配を受けた ⇒ なりふりかまわぬ強欲が生まれた──、という図式に陥ってしまったんだったよね。・・・・・これだけでは「個性的才能を引き出す性格診断が創造力を必要とする」ということの納得に結びつかない。そうならないためには、この人物がこうなってしまった背景にある性格と立場のもっと詳しい説明が必要だ。 (節子) 自己保存に役立つ形で人助けをする。これを大前提とする旺盛なサービス精神の持ち主 ── これがこの人物の性格。したがって、ずーっと人助けをしてきた。ところが、「自己保存に役立つ形での見返りが大幅に不足している」と思うようになった。その結果が遺産の独り占めの画策になったんだと思う。 (高哉) 『様変わりした環境に主体的に適応する精神が養われなくなった』にあるようなことが横行しがちな日本の社会だから仕方がないけど、この人物には判断力のなさを物語る二つの事実があったよね。
ということは、エアーポケットの中でもがくような形で「自己保存に役立つ形での見返りが大幅に不足している」と思うようになって遺産の独り占めを画策したんじゃないかな。 (節子) 「大学を卒業してから資格を取るためでならともかくもそうでないのに学問のために余暇の多くを割くなんておかしい」と自分の弟に説教した根本的原因は社会にあるんじゃないかしら? ただ齢を重ねるだけの人生を送っている人がほとんどなのよ。どうしてそうなのかの納得できる説明をして頂けないかしら? そうでないと、貴方の意見に賛成するわけにはいかない。
(節子) この人物はこの圧力をごく当たり前に受け止めて弟の忠告したということが良く分った。でも、世の中を支配するロジックが変わったことに気づかなかったことは紛れのない事実。潮干狩りに行った帰りのできごとを含めてこの人物に判断力が欠如したのはどうしてなのかだけど、一般に言える次のことがこの人物にも当てはまったからではないかと思う。 予想外の出来事に遭遇すると臨機応変に行動できなくなる ⇒ ストレスが溜まり、性格の健康状態が悪化する ⇒ マイナス思考になりやすくなる ⇒ 元々の視野の狭さと汎用性のある知恵力の不足の状態が悪化する」という図式に陥ると、適切な判断を下せなくなることが出てくる。 (高哉) 幼少時に虐待されると、未熟な対処方法が採用されることとなり、これが習慣になることが多い。このことを考えると、この人物の「予想外の出来事に遭遇すると臨機応変に行動できなくなる」の背景には独特の生い立ちがあるような気がする。 (節子) 未熟な対処方法が習慣になったことに性格と由来を知らないことが重なって、貴方がよく言う視野狭窄症、ひいては拘禁服着用症になり、このことがこの人物の悪行の数々に結びついたのかもしれない。でも、この人物の両親は立派な人だったそうだから虐待は全く考えられない。だけど、この人物に次の図式が実現したことが十分考えられる。 父親がこの人物よりひとつ年上のお姉さんを溺愛した ⇒ このお姉さんはわがままな人間になった ⇒ 母親を独占しがちなこの人物をお姉さんが苛めた ⇒ (愛に飢えるようになった + 内発的動機に基づく自己決定力の育成が妨げられた。いいかえれば、情動的な人間になった) ⇒ 愛情を求めてついつい自分を目立たせる癖がついた。 そうだとすると、「偶然が玉突き現象を生み出して結果として虐待になった」ということになる。このようにしてできあがる性格と立場のことを理論的に説明してくださらないかしら? (高哉) 各人各様の性格と立場は悩み事相談の大前提である次の図式の所産であると理解する必要がある。 (赤子・幼児は完全な生い立ちを求めている + 保護者は神様ではないし、『トラウマになるような衝撃的な事故は類稀な才能に結びつく癖を生む』にあるような思わざる事態の発生もある ⇒ 生い立ちの理想と現実のギャップが生まれる) + 人間には生存の拡大と恒常性維持の本能がある ⇒ 生い立ちの理想と現実のギャップを埋めるためにセルフ・イメージが創られたり、ストラテジーが採用されたりする。 (節子) 生い立ちの理想と現実のギャップを埋めるためにセルフ・イメージが創られたり、ストラテジーが採用されたりする。このことが「自己保存に役立つ形で人助けをする。これを大前提とする旺盛なサービス精神の持ち主」というこの人物の性格に、「ずーっと人助けをしてきた。ところが、自己保存に役立つ形での見返りが大幅に不足している」と思うようになったという立場に、それぞれ結びついたことがよく分った。 でも、この人物には数々の悪行があった反面、大企業の常務にまでなり、蓄財にも成功したじゃないの。この矛盾をどのように理解すればいいのかしら? (高哉) 「貴女がさっき指摘した図式がこの人物に深く内蔵している ⇒ この図式の浮上を懸命に抑え込む形で勝ち組の職業生活を送ることとなった ⇒ ストレスがものすごく溜まった ⇒ ストレスを発散させるために油断の私生活になった ⇒ この図式が私生活で容易に浮上することとなった」という図式が実現したからじゃないかな。 (節子) この人物が中途入社でありながら大企業の常務取締役になり、蓄財にも成功できたのはどうしてなのかしら? 「この図式の浮上を懸命に抑え込む形で勝ち組の職業生活を送ることとなった」では簡単すぎるので、もっと詳しく説明して欲しい。 (高哉) 過去の延長線上を歩むことで事足りた + 共同体が崩壊に向かっているようなことはなかったので、組織全体の協力を引き出しやすい ⇒ 判断力不足は露呈しにくい──、という図式が実現できる古き良き時代であったことが大きい。その上、結婚して妻子持ちになって貴女がさっき指摘した「自己保存に役立つ形で人助けをする。これを大前提とする旺盛なサービス精神の持ち主」という性格がピンポン!となったからだと思う。 (節子) 人を活性化させるためには性格と立場に合う環境が必要であることがよく分った。この人物が司法試験を何度受けても不合格だったのは独身だったので妻子がいなかったために「自己保存に役立つ形で人助けをする。これを大前提とする旺盛なサービス精神の持ち主」という性格を生かすことできなかったからなのね。軍神のような義経が敗退に次ぐ敗退となった理由とどこか似ている。 ところで、私はなんとなく思ってこの人物の性格をこのように判断したわけだけど、「自己保存」の由来だけは放置されたまま。由来を説明して頂けないかしら? (高哉) ひとつ年上のお姉さんは大変な秀才だったそうじゃない。これは「“取引”をしないと両親の愛が得られないと勝手に思い込むことに結びつく。こういうことって人助けしたがる人物に必ずと言っていいくらいあるからね。それからこの性癖と秀才のお姉さんの存在は「何とかして目立ちたい」ということに結びつきやすい。 こうした性癖にこの人物の幼少・少年時代の特徴である物資不足が重なれば、ごく自然に「精神的満足や求心力よりも自己保存を大事にする」価値観が生まれてもおかしくない。現にこの人物の人生は金銭に奉仕する様相が濃厚じゃないの。 この人物が悲惨な老後になり、死神を恐れる水上勉のようになりたくなかったら悩み事相談を通じて人生を総括することを強く勧めたい。
これまでの説明を読んでも「人生・仕事の指南役を第二のホームドクターにするなんてとんでもない。自分のことは自力で解決する」と言い張る人がいることでしょう。独立独歩の精神は賞賛に値します。しかしながら、このように言い張ることは道を誤ることに結びつくことでしょう。理由は大別して三つあります。これまでの説明と重複する面もありますが、肝に銘じてください。
優れた知性の持ち主であっても自分の価値体系内のことを明確にしにくいのが人間なのです。「御社 (あなた) の存立基盤はなんですか?」という質問に適切な回答を返せる人はほとんどいないことが何よりの証拠です。英才であっても人間なるが故の限界があるのです。(具体例 ⇒ 『加藤宏一氏の乱』)
平家物語にある「盛者必滅の理」という言葉に万人が納得するのはどうしてなのでしょうか? 次の図式が本能的に理解されているからなのでしょう。 成功し続ける ⇒ 成功方程式が固定化する ⇒ 固定化された成功方程式が通用しにくい環境になると成功し続けることが困難になる。 環境が様変わりすると、成功要因はたちまち失敗要因に転じてしまうのです。近年塗炭の苦しみを味わうことになった日本経済が典型的な例です。(関連記事 ⇒ 『歴史的転換期に道を必ず誤る権威に代わる新権威を確立しよう!』)
変な話ですが、IT革命が進むにつれて人々は外部情報に疎くなりました。なぜなら、メール交換や内部情報に時間を取られすぎるために外部情報に触れる時間が大幅に減ってしまったからです。(携帯電話に時間を喰われてしまっために、音楽CDが売れなくなってきたことと似た現象なのです) ある大企業の社長ですが、自宅に帰ると社員からのメールを読んで返事をすることに忙殺されて、有益なホームページにアクセスする時間的余裕がまったくないとのことです。「最近の若者は自分の身近なことにしか興味を持たない」なんて批判することはできないのです。 一方において、競争は同業者間だけではなく異業者間でも行なわれるようになりました。百貨店の経営者が自分の店に来る顧客動向だけを気にしていたらいつの間にか顧客を通信販売に奪われてしまっていた…なんてことはざらなのです。 身内情報依存主義が生み出すリスクは『事の真相を見抜けないのはどうしてなのか』にあるようにマンネリズムや性格発衝動強迫の支配を受けて洞察力不足という結果発生することも多々あります。(関連記事 ⇒ 『仲間内だけの決行の判断はなぜ危険なのか? / 日本最大であったチェーン・ストアー経営破綻の真因』 「既存の情報ゾーン・人脈だけでは限界があることは分った。ではどうすればいいのか?」となる方に是非ご認識頂きたいことがあります。それは『難問解決を可能にする特技』です。リンク先の記述内容を文字通りお受け取りくださいますようお願いします。 (『オウムに嵌った林郁夫は他人事ではない!』の連載完了)
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