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【脱集団主義の時代】


渡辺高哉著『脱集団主義の時代』 (1997.1.7刊) より転載

→個別企業再生の秘策

6. 「合理的に今を最高に生きる」ニーズ

分かりました。これまでの推論結果を信じて、独自の立場で新規事業・新商品開発の詰めをします。ただ、その詰め方ですが、ソフトとモノではちょっと違うのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。

 マルチメディア・ビジネスにおけるアプリケーション・ソフトウェアやコンテンツであれば、これまで議論されてきた手順を踏めば事業リスクはあまりありませんが、モノづくりの場合はそんなに簡単にはいかないような気がするのです。

 世界の通商構造が米国のみをバインダーとしていたために各国間の競争は限られていた。系列取引が万能であったために市場が閉鎖的であった。「カイゼン」主義の追求が可能であった。
このような三つの条件が揃っているときは、どの企業であっても、系列に入っていさえすれば、そこそこの事業成果を収めることができました。

 ところが、この三つの条件がことごとく崩れてきました。市場性のあるオリジナルな商品の開発が必要だが、これが容易ではない。にもかかわらず、いわゆる大競争の下で事業を行わなくてはならない。にもかかわらず、先行投資を必要とする研究開発や金型づくりが必要。モノづくりはハイリスクの事業になったしまったのです。

 理屈の上では、適切な商品を適切な量だけつくって、さっと売り逃げすればよいのでしょうが、そのためにはどうしたらよいのかについてのご意見をお聞かせ下さい。母産業都市機能の担い手候補である福岡・北九州のところでこの種の話は出ましたが、消費財メーカーの立場でもう少し突っ込んだ議論をしたいのです。

日本の市場から生まれた商品を世界に向けて販売するという立場で話を進めますと、「日本の消費者像をどのように推論すべきか、だからどのような姿勢で商品開発を行うべきか」を考えればよいのではないでしょうか。
まず、日本の消費者の将来像をつくり出す源泉ですが、成長神話の終焉、日本的経営の崩壊、高齢化の三つがあるのではないでしょうか。

 明治維新により士農工商制度を、敗戦により華族制度をと、日本は法律により身分制度を廃止してきましたが、経済の裕福度を変えるのは困難を極めていました。したがって、刻苦勉励は報われにくいので、「今を最高に生きる」ニーズが旺盛。しかし、物質文明は未到来。だから、様々な庶民文化が花開いたのだと言えます。

 そして、高度成長時代の到来。成長神話は新興実業家の輩出やエスカレーター人事を可能にしたために、「キリギリスではなく蟻のような生活を送れば、将来の栄耀栄華を手に入れることができる」ということで、消費生活における欲求充足を先延ばしする消費者を多くしました。消費生活が一見豊かに見えたのはモノの時代が到来したからに過ぎません。

 成長神話は社会階級の変更を可能ならしめただけではありません。海岸の埋め立てのために削れた山肌、農地の市街化、道路や建物の建設のために行われた小川の埋め立て、近隣の人間関係の希薄化など生活環境を次々と大きく変えていきました。となれば、人間は内面に蓄積してきた価値観や信念などに自信を失わざるを得ません。

 日本人は概して消費生活においても横並び志向が強かったのは集団主義だけが原因しているのではなく、一人一人が個性的に内面に蓄積してきた価値観や信念などに自信を失ったことも影響していたものと思われます。


消費生活における欲求先延ばし度の減少、内面に蓄積してきた価値観や信念などに対する自信の復活、この二つが成長神話の終焉により徐々に実現する。これだけを考えれば、個性的消費行動がどっと吹き出すことを意味するわけですね。

個性的欲求がどっと吹き出すような単純なものではないようです。日本的経営の崩壊と高齢化の影響があるからです。所属する組織に忠誠を誓っている限り、生活は保障されるし、ある程度までは出世ができた。これが日本的経営の特徴だったのです。ところが、これが崩壊する上に、平均寿命が延びたことの影響が加わるのです。

 数多くの人間を観察した結果として言えるのですが、人間の知的能力が伸びるか停滞するかの境目となる時期はあくまでも平均的ではありますが、35歳、45歳、55歳の3回あるのです。

 1回目の壁をクリアーできない人は35歳を過ぎるにつれ、知的能力の伸びは停滞から衰退に転じ、この傾向が生涯継続する。この壁がクリアーできても、45歳という壁が訪れます。「若いときは大変優秀だったのに、中年になって早くも・・・・・」という人が少なくないのはこのようなことが原因しているのです。

 逆にそれぞれの壁を突破すると、知的能力は大きく伸びます。年老いてもあらゆる面ではつらつとしている人物が時としているものですが、このような人物は挑戦的人生を送り続けてきた結果、言い換えれば、気力が旺盛であり続けてきたために、3回とも壁をクリアーできたからなのです。

 日本的経営が崩壊し、また平均寿命が延びる中にあって、このような加齢に応じて知的能力の差が大きく開くことは、一人一人がどのように年をとるかを真剣に考えるさせることに結びつくでしょう。

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