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(節子) 梯二郎は出会って間もない百子に驚くほど気前が良かったわね。洋裁店「ボヌール」買収資金・250万円を生身を担保に貸与。改装費として100万円を投資。300万円で買い取った、百子の叔父家族が住んでいる土地家屋を契約金として贈与して、百子の独占利用権を確保。── こういう二重の先行投資をしたんだから。 しかも、その後、百子にマダムをやって貰うためにバー「アロハ」を150万円の損をしてまで700万円で買い取り。200万円をかけて改装。その後、百子の依頼に応じて別の人間に650万円で売却。 梯二郎はお金の使い道に困っているならともかくも逆で資金さえあればいくらでも事業を拡大できる自信がある。こんな人物が現在価値に直すと約10倍に相当する大金を実績皆無の人物にどんと先行投資するなんて正気の沙汰とはとても思えない。 (高哉) 貴女が言っていることは一般論としては正しい。というのは、百子への先行投資は次の図式に結びつきかねないからだ。 百子が経営する事業が発展する ⇒ 百子が梯二郎の掌中に収まらなくなる ⇒ 蓄積したノウハウと実績を引っさげて百子が独立する ⇒ 投資先の魅力は一気になくなる ⇒ 投資回収が困難になる。 よほどの信用がない限り個人的な才能への大型投資は他に道がないならともかくも常識的には避けた方が無難。 (節子) そういうリスクがありながら梯二郎が大胆な先行投資に踏み切ったのは、百子によほど惚れ込んだからなのでしょうね。惚れ込んだ弱みはあるにしても契約書をせめて交わすべきだったのじゃないかしら? (高哉) 梯二郎の賭けが成功するか否かは百子のやる気と才能次第であるので、契約書締結の効果は期待しにくい。その上、百子には有能感を味わいたいという想いからくる強い自尊心がある。したがって、契約書を交わすと反発を招く危険性がある。──こういうことが契約書なしになったんじゃないかな。それに梯二郎は自信家。したがって、「自分の才覚でなんとでもなる」と思ったことも考えられる。 日本能率協会出版の相良竜介著『企業の頭脳集団』に紹介された請負の仕事を僕に任せてくれたオーナー社長は「君と約束したことを契約書にしよう!」なんてことは一切言わなかった。この態度は「信用してくれているんだな」と思い、胸を熱くして頑張ってこの請負事業を成功させることに結びついた。仕事の成果を量的に表現しにくい仕事ってこんなもんじゃないかと思う。 梯二郎も僕に大仕事を任せてくれたオーナー社長も島左近が言ったことで有名になった「武士は己を知る者のために死す」という世界をよく知っていたんじゃないかな。
(節子) 貴方が請け負った仕事は貴方が中心人物であるにしても組織的対応じゃないの。言ってみれば、貴方が組織を預かるプロジェクト・リーダー。一方、梯二郎による百子への投資が実るか否かは貴方が説明したように殆どが百子次第。すごいリスクだわ。梯二郎は頭脳明晰な人物だからそんなことは分かっていたはず。にもかかわらず、大胆な賭けをしたのはどうしてなのかしら? 事業家というよりは冒険家なのかしら? (高哉) 冒険家ではない。事業家だよ。このことは彼の株式投資に対する考え方に如実に現れている。一度だけやって手仕舞いをしており、「暗闇の中で崖っぷちを歩くだけの肝っ玉はない」と言っているのが何よりの証拠だよ。 (節子) そう言えば、この姿勢は男女関係にも現れていたわね。倉沢時枝を夜遅く訪ねた時、彼女の夫が不意に帰ってくることを恐れて「そんなことは決してない」と渋る彼女を外に連れ出してから情事に及んだものね。彼は運任せのことは決してしない。その代わり、自分の才能で勝負できることだったら思い切ったことをする。こういうことがさっきの不確実性に満ちた案件に大胆な投資をしたことに現れているのね。 彼のこうした行動は貴方と似ているのでよく理解できる。でも、確認したいことがあるの。梯二郎は事業家として百子に何を感じ取ったのかしら?
(高哉) 昭和30年代後半において娯楽産業が銀行融資や株式上場によって超大企業になることはほぼ不可能。しかし、梯二郎はこの限界を何としてでも打破したかった。そこで、次の図式を本能的に考えていたのかもしれない。 魅力溢れる個性的人材とタイアップする ⇒ 店舗別に魅力的な業態開発をする ⇒ 超高付加価値経営が可能になる ⇒ 銀行が安心して貸付を行う ⇒ 更に店舗開発をする。 こういう図式が頭に入っていたので、魅力溢れる個性的人材である百子に会って、電撃が走るような思いをしたんじゃないかな。 (節子) そう言えば、梯二郎は海上カジノをメインテーマにする大歓楽境構想の中で百子をキーパーソンとして位置づけていたわね。ティー・サロン、美容院、ブティックをハイ・ソサエティー向けの会員事業でやり、このチェーン・システム運営の統括マネジメントを百子に任せようと思っていたものね。でも、初対面でこんなことを考えるなんてやはり軽率じゃないかしら? (高哉) そんなことはない。初対面の百子を色々な店に連れ回したのは、直感を検証することも目的にあったんじゃないかな。洞察力のある人物だったらそれだけで十分だよ。直感を検証した結果、日頃から「この世の中は可能性に満ちている。必要なのは有能な人材だ」」と思っていたので、「この女性は金の卵を産む鶏だ」と確信したんじゃないかな。 梯二郎がこのように思っていたとすれば、それは経営者の鏡だと思う。というのは、これからの経営者に必要なのは、「新成長機会を認識する ⇒ 事業展開シナリオを創る ⇒ 有能な人材と出会う機会を増やす」というステップを踏むことだからね。
(節子) 百子のような性格と才能を持った人間の能力を最大限引き出すためには梯二郎のような肝の太い対応が必要であることは分かる。でも、せめて次の手順に基づく行動が必要だったと思う。 百子の借金申し入れに対して「真剣に検討する」と返事をする ⇒ 百子との関わり方について詳細に計画するためにシミュレーション・サービスを受ける ⇒ 詳細に計画したことを条件につけて借金の申し入れを受け入れ、シミュレーション効果を入手する。 この図式が示すように、大事を決断・決行する前にシミュレーション・サービスを受けることはとても大事なことだと思うの。にもかかわらず、短絡的に行動してしまったのはどうしてなのかしら? (高哉) 二つのことが原因していたのだと思う。ひとつは百子に対する強い執着心から生まれた強迫観念。この背景には次の想いがある。のろのろと事業をやっていたら生きている間に夢を実現させることができない。実現できるとしても年老いてからになってしまう。 もうひとつは「自分の才覚を使えることだったらどんなことでもなんとかしてみせる」という過剰な自信。この背景には、「快楽をとことん追求しつつ周囲の人々をぐいっと惹きつけて今を最高に生きたい。これを原動力に用いて戦略発想をして思い通りに事を運びたい」という梯二郎の性格がある。 (節子) そういう性格は危険よ。事を思い通りに運ぶことができていれば、凄まじい威力を発揮するけど、逆に次の図式にはまることだってあるわよ。 事を思い通りに運ぶことができなくなる ⇒ 強迫観念が生まれる ⇒ 対象事象が心の中を大きく占めるようになる ⇒ 他のことを考える余裕が大幅に減る ⇒ 視野が狭くなる ⇒ 行動が円滑さを欠き、ぎこちなくなる。 (高哉) それもあるかもしれない。百子は感情の変化が激しいから貴女が危惧するようなことはあるし、事実そうだった。でも、これが梯二郎のような性格の持ち主にとってはたまらない魅力。そういう意味で、百子は梯二郎にとって魔性の女だと言えるかもしれない。「待てよ。冷静に考えよう!」といった具合にフィードバック回路が発動しようがないからね。
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