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【斬新な着眼】



→緊急の課題である“孫悟空”の短期育成はイノベーションのロジック注入によって実現できる──、あの高橋尚子さんと小出監督の動静から考える〈2003/3/11〉


 渡辺高哉の“大馬鹿行動”の中身と教訓は何か

    ― 個人的な条件だけで“孫悟空”の壁は打破できる ―

3. 燃えたぎるマグマのような挑戦精神が十分たまっていた

  自ら孫悟空的な行動を採りたい。孫悟空的な人材を生み出したい──、このようなことを願う人々の参考にもなることを願って、分かりやすくするために自問自答の形を採って説明します。

(質問8) 時流を見逃さなかった上に、知恵を働かせたからなのですね。でも、それだけで成功するものではない、と思います。凄まじいばかりのエネルギーは一体どこから生まれたのですか?

(回答8) マルチクライアント・プロジェクト『新規事業開発の手引き』を発想・具体化する前の心理状態はマグマに似たものがあったからです。

 前に申し上げましたように私が三菱総研に入社した目的の達成は実現に程遠いものがあった。その上に、異常に強いプライド(これまでの人生で「私は渡辺高哉だ!」という想いができあがっていたのです)を傷つけられ続けていた──、という状態に置かれていたために、

 めらめらと燃える炎のような猛烈な反発心が私に生まれていて、「なんとかしなければ」…という不退転の想いがあったからです。かくも激しい感情は次のようにしてできあがっていたのです。

生まれて始めて学歴社会が厳然としてあることを強く意識させられた

 三菱総研に入社する前の私は最終学歴の重要性を意識することはまったくありませんでした。自分の能力一本で勝負できたし、所属組織内で高待遇を受け続けてきたからです。ですから、安宅産業に入社して4年目の時に、お父さんからのアメリカ留学の勧めを断ったほどでした。

 ある日、私はお父さんから呼び出されて、夕食を共にしました。「高哉、日本は最終学歴がきわめて大事な社会だ。私が費用を全額出すからアメリカに留学しなさい」と言うのが目的だったのです。しかしながら、私はこの話に乗りませんでした。勉強よりも仕事をしたかったからです。

 そういう私が自分の最終学歴を意識させられる事件があったのです。酒席を共にしたある人物から「渡辺さん、貴方の最終学歴では三菱総研では決して上にはいけませんよ。ここって、学歴が大事なのです」と言われたのです。私はぽかんとして聞くだけでした。

 小説家・病院長・大学教授の三役を演じていた高校の大先輩からも学歴の決定的な重要性を思い知らされたことがありました。1995年頃のことでした。東京の東急ホテルで開催された全体の同窓会がお開きになったので帰ろうとしていた時、60歳過ぎの紳士がつかつかと近づいてきました。そして、「同窓生全員の中で君の存在感が突出している。時間があったら付き合って欲しい」

 と言われて、銀座のバーに連れ出されました。そして、名刺を交換した後、「どこの大学を出たのですか?」と聞かれたので、出身大学の名前を伝えました。そしたら、「なんだ。見かけ倒しだな」と言われてしまったのです。

学歴がやはりものを言うのか?…という想いにかられることとなった

 副研究員、研究員、主任研究員(1級)、主任研究員(2級)、主席研究員──、これが三菱総研における研究職の序列です。

 35歳で入社した私は「年齢的には主任研究員になれるが、まったくの未経験分野。したがって、研究員からスタートしてください」ということで仕事を始めることになりました。

 ところが、来る年も来る年も昇進見送り…。赤字会社ですから給料は元々高くない上でのことですから、経済的に苦しいものがありました。でも、そのことはプライドが傷つくことと比べますと、大したことはありませんでした。

 私の昇進がストップしている間に私よりもずーっと若い人が私をどんどん抜き去っていく。そして、このことが社内外にしっかりと発表されていきますので、周囲は私を白眼視。私は自然に依怙地になっていきました。

 こういう私に対して「あの男はどうしてあんなにプライドが強いのだろうか? 大したことのない大学出身なのに。理解できないね」と陰口を叩かれることになりました。

人知れず涙する仕打ちを受けることとなった

 私は三菱総研における最終学歴の重要性を入社早々に伝えられたことを強く思い出さざるを得ませんでした。こういう私に追い討ちをかけるできごとが発生しました。

 ある人物からある日私は昼食に誘われました。行動を共にすると、この人物は食事をしながら「鯉は竜に、金魚は鯉に、メダカは金魚にしたがって行動する。これが人間社会の掟ですよ。分相応の生き方をしないと、損をしますよ」と私に向かって言うのです。

 この人物は私よりも1歳若い。しかし、社内の地位は私よりも2階級上。そして、東大卒。したがって、言わんとしていることは明々白々なのです。

 上記の言葉を浴びせられた私は「この野郎、脳力の低い者が生意気を言うな!」と怒鳴りつけるのをやっとのことでこらえました。なぜなら、東大を卒業して修羅場を経験することなく高い地位を得ると、とんでもない思い違いをする人物が少なくないことを私は既に知っていたからです。分かりやすいエピソードがあります。

 三菱総研に入社して1年目のことです。東大医学部の某教授と仕事のことで面談。当時の医師会々長の故・竹見太郎氏のことに話が及びました。すると、この教授は「彼はそんなに大した人物じゃないですよ。慶応出身ですからね」と、のたまうのです。

 東大医学部の教授とあろう者がこんな唖然とするようなことを平然として言うのはどうしてだと思いますか? 理由は三つあるのです。

(理由1) 出身大学=知力・意志力の優秀度…と思いがちである

 良い大学を卒業すれば、生まれ育ちを超越して出世できる。だから、誰も彼もが全力で受験勉強に勤しむ。だから、どの大学に入ったかで人物の判定ができる──、このように思いこむ人が実に多いのです。上記の東大医学部の某教授はこのように思い込んで東大を卒業したのでしょう。

 逆も真で学歴コンプレックスを背負ったままの人生を送り続けている人も多いのです。「東大を優秀な成績で卒業した中央官庁のエリートがやって駄目なんだから仕方がない」という諦めムードが日本の社会に蔓延しつつあるのが何より証拠です。

(理由2) 創造力・独創力がものをいう仕事の世界を経験したことがない

 超一流大学を卒業した後、次々と難問に襲われるような世界に放り出されますと、学歴エリートもへったくれもありません。創造的問題解決能力が必要になり、学歴だけではどうにもならないことに気がつきます。

 そして、本当の実力が要求される社会では伸びる者とそうではない者の差が年月を経るにしたがって歴然としてきます。すると、人間の能力の成長曲線は人様々である。いいかえれば、大学に入れなかった人物が長じて超一流大学出身者の脳力を大きく上回る。こういうことだってあることに気づくようになります。

 ところが、日本の社会では本当の実力が要求されるようなことはほとんどありませんでした。欧米先進国の模倣や小さな改良・改善で事足りたからです。

 大学の世界も似たところがあります。教授の娘と結婚すると、出世のエスカレーターに乗ることができる。こういう事実が少なくないことが何よりの証拠です。

 「鯉は竜に、金魚は鯉に、メダカは金魚にしたがって行動する・・・・・」と私に軽率に言い放った例の人物に、安宅産業時代の夢であった鉄鋼製品・小麦・海面鉄の一体化事業構想の話をしましたら、「馬鹿馬鹿しい…」と冷笑されたのも致し方がないことなのです。

 (与えられた役割の中で仕事をすることしか頭にない人物にはこういうことは理解のしようがないのです。そして、こういう人物が相変わらずうようよしており、かつ権力を握っている。だから、日本経済は不況から脱出できないのです)

(理由3) 社会的高位置の長期間温存はその由来失念に結びつく

 M社という高級美術印刷分野でナンバーワンの会社がありました。ドイツから逸早く優れものの印刷機を輸入して使いこなしていたからこうなったのです。にもかかわらず、「技術のM社」という評判が確立されたために、この会社の社員はすっかりその気になってしまいました。

 例の東大卒の元同僚、東大医学部の某教授も上記のM社と同類なのです。人間は悲しいもので錯覚しがちなのです。そういう意味では、高度成長で日本経済と共に大きくなった大企業の幹部社員にも同類が沢山いそうです。なぜなら、会社が大きくて有名だと自分も偉い…と思い込む人が少なくないからです。

 上記M社ですが、同業他社がより高度の印刷機を輸入して使いこなすようになるにつれて、当然のこととして没落路線を駆け足することになりました。これは日本の現状の縮図なのです。

だからこそ、プロジェクトをなんとしてでも成功させなければならなかった

 私には大事な処世訓があります。請け負い事業成功のチャンスをくれた、当時のユニオン製靴・水口社長にこんこんと教えられたことです。

 同社長と仕事の進め方で激しく議論していると、「渡辺君、企業経営で一番大事なのは目標に近づいているかどうかだ。日々どれだけ儲けているかではないのだ。しっかりと生存しつつ、長期目標に着実に近づいている。こうでなければならないのだ」と言い出したことがあります。

 私はこの言葉を聞いて、電撃的なショックを受けました。私は30歳でした。そして、それ以来、私の処世訓になっているのです。

 こういう私ですから、三菱総研での冷遇、愚者たちの無礼な言葉に耐えることができました。その反面、なんとしてでも、マルチクライアント・プロジェクト『新規事業開発の手引き』を成功させなければならなかったのです。


目次の前にある文章をお読みになっていない方へ

 上記の文章は筆者の母へのメールに一部手を加えたものであることをご承知おき下さい。




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