【斬新な着眼】
2001年3月15日に作成した文章を様変わりした環境に合うように削除したり、追記したのが以下の文章です。しかし、「経済社会は生臭い人間の集合体なので、機械装置のように扱う政策を講じてはならない。さもなくぱ、見当違いになったり、上手くいっているように見えても将来に禍根を残す」という筆者の考え方は一貫しています。2020年1月22日記
公的資金が銀行に投入されたり、国家財政を無視した公共事業の拡大が行われました。にもかかわらず、日本経済は一向によくなりません。それどころか、日本経済破綻の日が刻々と近づいています。どうしてでしょうか?日本人の多くが新しい環境に適応できないからです。 |
ファーブルの毛虫現象 |
(現象1) | モノづくりの能力、サービス提供における誠心誠意ぶりは世界に誇るものがある。にもかかわらず、日本の多くの企業が業績不振に悩んでいる。 |
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(現象2) | 事態を真面目に打開しようとして過当競争に陥り、疲れ果ててしまっている。その結果として、喜怒哀楽の感情が消え失せつつある。 |
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右肩上がりの成長が期待できなくなったために、長期コミットメント体制(年功序列式人事システムを支える終身雇用制度、長期安定取引を保証する系列主義)が通用しなくなった。言い換えれば、雇用不安や取引不安が生まれた。にもかかわらず、「蛸壺型社会」がそのまま残り、自由自在な就職や取引を可能にする「ネットワーク型社会」が実現されていない。 |
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日本が世界に誇る「カイゼン」主義が通用しなくなった。そして、「構想力・独創力」が新たに必要になってきた。ところが、このような能力は超長期にわたって社会全体で軽視され続けてきたために、全く鍛えられていない。したがって、社会人の多くは無能感を味わっている。 (日本経済の高度成長を支えてきた企業戦士はすっかりアイデンティティ・クライシスに陥ってしまい、当分リーダーシップを発揮できない。となると、「新しい酒は新しい皮袋に」ということで若者に日本経済再生のための牽引車になってもらわなくてはならない) |
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ところが、「豊かな時代しか知らないためにハングリー精神が大幅に不足している。集団主義の中で育てられたために、強烈な個人目標がないに等しい。自信をすっかり失っている親は目標になりにくい。過干渉の母親に育てられてきたために、自主性に乏しい」若者が大多数を占めている。言い換えれば、工業化の限界を打破するために必要不可欠なイノベーション力が大幅に不足している。 |
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